幣立神社

投稿日:

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熊本県山都村、「九州のおへそ」と言われる場所にある聖地、
「幣立神社」(へいたてじんじゃ)を紹介することを、僕はちょっと躊躇っています。

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ここは確かに、間違いなく霊地です。

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分水嶺であり、九州のへそであり、レイラインだとか中央構造線だとか…
そんなのは抜きにしても、歩けば、ここが何かしらの聖地然としている事がわかります。

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長い石段を登り、横道を進むと「五百枝杉」(いおえすぎ)と呼ばれる杉の並木を見ることができます。

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圧倒的で素晴らしい杉。

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「健磐龍命」(たけいわたつのみこと)が九州の中心「阿蘇」に向かう途中、この地に立ち寄り、幣を立て高天原の神々を祀ったと伝えられています。

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火の玉が吹き出たという「火の玉神木」があります。
落雷したのでしょうか、それでも立ち続ける生命力に感銘を受けます。

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幣立神社を散策していると、五百枝杉の素晴らしい感銘から一転、次第に違和感を感じ始めました。
それは、ここで一々記されているこじつけのような伝承。

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最初はふんふんと真面目に読んでいましたが、

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だんだん気分が悪くなりました。

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僕はいわゆる、この手合いが苦手なのです。

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祭神は「神漏岐命」(かむろぎのみこと)、「神漏美命」(かむろみのみこと)、「天御中主大神」(あめのみなかぬしのおおかみ)、「大宇宙大和神」(おおとのちおおかみ)、「天照大神」としています。

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当社では「五色神祭」という祭りがあります。
かつて世界人類の祖先である「五色の民」の代表が参拝し儀式を行ったという伝承に基づく神事だそうです。
「五色の民」とは
赤色人種(ネィティブ・アメリカン)
青色人種(アジア南部)
白色人種 (ヨーロッパ人)
黒色人種
黄色人種の祖神(大祖先)
であり、それぞれの人種の祖は、ここから別れ散ったという話です。
その伝承の根拠として「五色人面」なる世界人類の祖神を形どった木製の彫像面が幣立神社に伝わっているそうです、が、
写真を見る限り、ただの古い能面のようです。

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1995年からこの「五色神祭」は行われるようになったそうで、その頃から、ここでは「神宮」を自称するようになります。

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五色神祭のような、なんでも日本中心的な思想は、僕は好きではありませんし、信じるに値しません。

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僕が思うに、幣立神社は世界のヘソたる宮などではなく、元々は阿蘇神社の摂社もしくは末社「幣立社」として重要な社の一つだったのではないかと思っています。

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ここ阿蘇の地は、「健磐龍命」が開拓した土地だと言います。
その伝承では、阿蘇は外輪山に囲まれた広大なカルデラ湖だったものを、命が山の一部を蹴破って水を干上がらせ、陸地にしたと云っています。
その時、大ナマズが邪魔をしたので切り裂いたそうです。

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その大ナマズというのは、阿蘇の湿地帯に住む、まつろわぬ先住民だったのではないでしょうか。
その先住民を抹殺し、健磐龍命が阿蘇を支配したのかもしれません。

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境内の端に、裏の杜に入る鳥居があります。

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ここから先への侵入は、躊躇われました。

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なぜなら本来、本殿裏にあたるこの杜は禁足地であるべきだからです。

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歩いて行くと、足元がぬかるんでいるのがわかります。

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それはここが、太古は沼地だったことを示しています。

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そこには八大龍王が鎮まるという池と、

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「東御手洗」という社があります。

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しかし沼の残滓の池に八大龍王が棲むはずもなく、

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身勝手に建てられた社に神威もありません。

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飲み比べると味が違うと云う御神水も、僕は口をつけません。

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なぜなら、僕の推測では、ここは滅ぼされたナマズと呼ばれる一族の怨念を鎮める場所だからです。

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確証も何も、まったくありませんが、
阿蘇の各地を訪ね歩くうちに、自然とそう思われました。

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「幣立」の「幣」とは、神に奉納祈願する時に使う紙のことですが、
これは祓や結界にも用いられます。

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ここに結界を張り、太古の怨念を鎮め祓ってきたのが「幣立社」の本来の役割ではないでしょうか。

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「東御手洗」の反対方向に「神陵」があります。

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ここにも錚々たる神々の名の神陵がありますが、

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これらもまつろわなかった民を鎮める場所だったのではないでしょうか。

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不用意に足を踏み入れてしまった僕を押し返すように、強い風が吹いてきました。

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「五百枝杉」の参道を抜けたところに、ひとつの鳥居があります。

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鳥居の先を見てみると、

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そこは崖になっていて「東御手洗」の沼跡に至っています。

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さらにその先は阿蘇山に至り、健磐龍命の本宮である「阿蘇神社」に続くようです。

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おそらくこの鳥居が、本来の「幣立社」の名残を残すものだと思われます。
この先はかつては大沼で、先住民を鎮める祭祀が執り行われていたと思われます。

「幣立神社」はこの鳥居から「五百枝杉」による結界の外までは、心地よく参拝できます。
しかしその先は、参拝は慎重に願いたいと思い、記させていただきました。

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