太皷谷稲成神社

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島根県内の神社で、年間参拝者数が一番多い所と言えばもちろん「出雲大社」となります。
しかし二番目に多い神社が、実は津和野にありました。
それは日本五大稲荷の一つでもある「太皷谷稲成神社」(たいこだにいなりじんじゃ)です。

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こんな辺境の地にそんな場所があっただろうか、と訝しげながらも向かってみると、遠目からもはっきり目に映る朱く連なる鳥居が見えます。

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太皷谷稲成神社の見所の一つ「千本鳥居」は、京都伏見稲荷に負けない迫力に満ちています。

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山の斜面の石段を登りながら、新緑と朱色のコントラストを楽しみます。

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秋には紅葉も美しいそうです。

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それにしてもなかなかきつい石段です。
車で上まで登ることもできますが、やはりここは歩いて登りたい。

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鳥居の隙間を抜ける風が、疲れを癒してくれます。

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立派な門が見えたら、そこがゴールです。

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太皷谷稲成神社は安永2年(1773年)に津和野藩主「亀井矩貞」(かめいのりさだ)が藩内の平安と住民の平穏を祈願し、城山の太皷谷に、京都の伏見稲荷大社を勧請したのが始まりと云います。
ひときわ威容を感じさせる社殿は昭和44年に建てられた新殿となります。

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楼門から入ってすぐ右手に、古い侘びた社殿がありますが、こちらが「元宮」です。
太皷谷稲成神社では、「元宮」から「命婦社」「新殿」「新殿裏奉拝所」の順で参拝する「四ヶ所参り」の習わしがあります。

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太皷谷稲成神社は、慶応3年(1867年)に乙女山の熊野権現社を遷して相殿となりました。
当初は「熊野神社」と呼ばれていましたが、後に「稲成神社」と改称し、現在に至るそうです。

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御祭神は、「宇迦之御魂神」(うがのみたまのかみ)と「伊弉冉尊」(いざなみのみこと)です。
二柱ともに女神となります。
主祭神の宇迦之御魂神は「稲成大神」として、特に願望成就や商売繁昌、失せ物発見などに御利益があると云います。

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ところで太皷谷稲成神社の「いなり」はなぜ、「稲荷」ではなく「稲成」なのでしょうか。
それには次のような話が言い伝えられています。

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伏見からお稲荷様が勧請された直後の頃、とある蔵番が大切な蔵の鍵を無くしてしまいました。
殿様は怒って、「7日間以内に見つけよ」と命令します。
蔵番は必死に鍵を探しますが、見つかりそうにありません。
困り果てた蔵番は、本来、殿様以外は参ることができないお稲荷様に、こっそり7日間お参りしました。

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ついに7日目の朝がやってきました。
うなだれる蔵番が、ふと目をあげると、鍵が家の囲炉裏の鍋掛に掛かっていました。
驚いた蔵番は罰を覚悟で、この出来事を包み隠さず、殿様にお話ししました。
正直に告白した蔵番を殿様はお許しになり、また「願望成就の御神徳高いお稲荷様である」と深く感動されました。
そこで「願いが成る」ということで「稲成神社」と名を改めたと云うことです。

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元宮の裏側に回ると、「命婦社」があります。

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稲成大神の使いで夫婦の白狐神「命婦専女神」(みょうぶとうめのかみ)を祀ります。

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ひっそりと神聖さを漂わせ、並並ならぬ聖域であることを感じさせました。

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さて、ここ太皷谷稲成神社では、参拝時に忘れてはならないものがあります。

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それはお稲荷さんならではの「油あげ」です。

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駐車場側の参道に販売してありました。
1セット150円です。

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お揚げは「四ヶ所参り」のそれぞれにお供えするようになっていましたが、予算の都合上、新殿のみにお供えさせていただきました。

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「新殿」にて奉拝。

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太皷谷稲成神社の太皷谷とは、ここが津和野城の一角で、時を知らせる太鼓が鳴り響いた谷だったことから名付けられたそうです。

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太皷谷稲成神社から眺める津和野町はとても素朴で、しばらく眺めていると、グッと胸を込み上げてくるものがありました。

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参拝の最後に、忘れずに訪れたいのが「新殿裏奉拝所」です。

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新殿の真後ろへ、小石の道が続いています。

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そこは初夏の陽気にもかかわらず、ひんやりとした空間がありました。

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新殿裏奉拝所、稲成大神に最も近い場所です。

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本殿の床下になります。

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心静かに、慎しみつつ参拝しました。
こちらの宇迦さまは、優しげで、おしとやかに微笑んでいるように感じました。

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