大斎原

投稿日:

pa018008-2017-05-24-14-00.jpg

「熊野本宮大社旧社地・大斎原」(おおゆのはら)、ここは名前の通り、本来「熊野本宮大社」があったところです。

pa017974-2017-05-24-14-00.jpg

熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流地の中洲にあり、江戸時代までは橋が架けられず、参拝者は裾を濡らして川を渡り詣でていたそうです。
あえて冷たい水にさらすことで身を清め、聖地に足を踏み入れる「濡藁沓の入堂」(ぬれわらうつのにゅうどう)が行われていました。

pa018003-2017-05-24-14-00.jpg

今の「熊野本宮大社」の8倍の規模を誇った「大斎原」は残念なことに明治22年の大水害でそのほとんどが流され消失しました。
それで社は今の場所に移されたそうです。

pa018011-2017-05-24-14-00.jpg

かつての荘厳な姿が偲ばれます。

pa0180112-2017-05-24-14-00.jpg

しかし「神が舞い降りた」大斎原、社殿は無くとも、その御神気は今も健在です。

pa018005-2017-05-24-14-00.jpg

大鳥居の八咫烏も一際神々しい。

pa018009-2017-05-24-14-00.jpg

杜に入ると爽やかな風が吹き抜けていきます。

wpid-pa018010-2015-11-20-06-50-2017-05-24-14-00.jpg

全ての熊野路はここへたどり着くためのもの。
多くの人の積み重なる思いが、今も息づいています。

pa018012-2017-05-24-14-00.jpg

今は石の祠が二基あるのみですが、熊野信仰はもともと自然崇拝ですから、建物は無くとも良いのかも知れません。

pa018014-2017-05-24-14-00.jpg

生い茂る樹木もかつてのものとは様相が異なることでしょうが、建物のない、今の姿の方が太古の姿に近いのかもしれません。

pa018013-2017-05-24-14-00.jpg

熊野を目指した古人は「本宮」「新宮」「那智」と参拝し、「本宮」に再度参って「熊野牛王宝印」と「梛(なぎ)の葉」を頂いて帰路に着いたそうです。

wpid-e382b9e382ade383a3e383b320-2015-11-20-06-50-2017-05-24-14-00.jpg

「梛」は「熊野本宮大社」の御神木でその葉は横には簡単に切れるものの縦にはなかなか切ることができないため「縁が切れない」縁起物とされています。
また他の植物を抑制する力があるそうで、「魔除け」としても強力なのだとか。

pa018015-2017-05-24-14-00.jpg

治水の甲斐あってか今は昔ほどの水流も無く、かつての面影は薄らいでいるのかもしれませんが、それでも太古から今に残る数少ない聖地の一つであることに変わりありません。
古に思いを馳せつつ、しばし時を過ごしました。

pa018018-2017-05-24-14-00.jpg

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中