神内神社

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三重県紀宝町の少し山側に入り込んだところにある「神内神社」(こうのうちじんじゃ)は、熊野の自然崇拝の姿を伝える貴重な神社です。

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すぐそばに民家もいくつかありますが、静かでのどかな場所に鎮座しています。

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鳥居をくぐりすぐにある「ホルトノキ」。
鎌倉時代に参道の両端に並べられた石のひとつを、数百年をかけて抱え込むように育ちました。

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「子安神社」(こやすじんじゃ)とも呼ばれる「神内神社」の御神木となっています。

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歩みを進めると「神武天皇御社」という大きな磐座が見えます。

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横には「佐倉宗吾宮」とあります。

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「佐倉宗吾」という人は江戸時代の人で佐倉藩領の名主。
藩主による苛政に苦しむ百姓のために、当時の将軍「徳川家綱」に直訴し、藩主の苛政は収められました。
しかしその後、佐倉宗吾夫妻は直訴の責を受けて磔となり、男児も死罪となります。
以降人々は「佐倉宗吾」を讃え、百姓の神として崇め祀られました。

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磐座の中はひんやりとして厳かな空気に包まれています。

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「神内神社樹叢」と呼ばれるこの杜には約300種の植物が繁茂しています。
樹叢の裏に御神体の大磐座が見えますが、それはあまりに巨大で全容を掴むことは不可能です。

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ここは「逢初森」(あいそめのもり)といい、イザナギとイザナミが天降り、一女三男を生んだという伝説があります。
この村の名は「神皇地」(こうのち)と呼び、いつの頃からか「神内村」(こうのうちむら)と呼ばれるようになりました。

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本殿手前に川に下る階段があります。
ここで禊をするのでしょう。

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その反対側に石の階段があり、奥に拝殿があります。

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子の成長を願う前掛けがたくさん奉納されていました。

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本殿と書きましたが、社殿はなく、御神体の大磐座を直接崇めるように造られています。

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大磐座にはいくつもの穴があり、そこかしこに神気の塊があるような気がしてきます。

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観光コースからは外れていますが、熊野の地を知るにはぜひ訪れたい一社です。

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