屋久島:翁杉・ウィルソン株

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大株歩道入り口からウィルソン株まで0.6km、約15分の行程で100m標高を上げ、その後、通称「地獄の三丁目」と呼ばれる最大の難所で10分100m標高を上げます。
縄文杉トレッキングで、最も過酷な行程が今から始まります。

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途中、番号を振った標識があります。
坂ごとに振られたこの番号が、9番を示す先に「ウィルソン株」があり、50番の先に「縄文杉」があります。

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この辺りから、ごつごつとした石の道や、木の根が広がる道などが増えてきます。
木の根はなるだけ踏まないように、気をつけて登ります。

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屋久島は花崗岩でできた島ですが、その石にも大きな特徴があります。
花崗岩に含まれる「正長石」は通常は数mm程度のものですが、屋久島の花崗岩は数cm、または15cmくらいあるものもあります。

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また屋久島では大木ばかりに目が行きがちですが、屋久島の命の源、苔も忘れてはなりません。
屋久島は苔の宝庫で、日本に生育する1600種のうち、600種もの苔がこの島に生育しているといいます。

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特に素晴らしいのが雨上がりに日が射した瞬間で、苔についた水滴に光が反射して、キラキラと一面に輝きます。

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屋久島の大木を見ると、必ずと言っていいほど、他の植物が共生しています。
共生が寄生と違うのは、これら小さな植物は、大木から養分を奪っているのではなく、大木に生えた苔などに種子が着生し、徐々に大木の表面に根を張り、共に水分や養分、光などを得ているということです。
花崗岩の島で大木が覆う養分も光も少ない屋久島の森ならではの、長い年月で培われた「共に生きる」という彼らの知恵なのです。

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また倒れた屋久杉は腐りにくい性質もあって長年そこに在り続け、やがて倒木の上にも苔が生えて、さらに他の植物が根を張ります。

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これらの命を繋いでいる立役者は苔であり、その苔を育んでいるのは屋久島の豊富な雨。

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共に生き、命の上に命が重なり循環する森、それが屋久島の森なのです。

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そうした命の楽園のような世界に生きる屋久杉にも、天敵がいます。
「ヤマグルマ」、又の名を「絞め殺しの木」と呼ばれます。
ヤマグルマは屋久杉の幹に着生すると、根を螺旋状に這わせて締め付け、水の導管などを塞ぎ窒息させ殺します。

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そうしてヤマグルマ自身は幹を伸ばして、屋久杉が得ていた日当たりを奪うのだそうです。
このようなヤマグルマの習性は屋久島独自のものらしく、一般的には他の植物を絞め殺したりはしないといいます。
しかし屋久島のヤマグルマ自体も悪者であるということではなく、屋久杉が増えすぎないよう調整役をしていると見ることもできます。
一見残酷に見える自然の摂理も、実に理にかなっているのです。

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ただヤマグルマも時折間違いをするようで、硬いヒメシャラに取り付いたり、根を絡め損なうお茶目なやつも結構いるそうです。

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しばらく歩いていると、大きな倒木の株が見えました。
「翁杉」です。

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翁杉は屋久杉の巨樹で、推定樹齢2000年の風格ある大木でした。
樹高23.7m、幹回り12.6m、枯死していない屋久杉では縄文杉に次ぐ太さだった翁杉は、
2010年9月、空洞化していた幹の内側から腐敗が進み、自身の重みとヤクグルマ、ナナカマドなどの着生木の重さに耐えきれず倒木しました。

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実は、僕の前回の屋久島訪島はこの前年、2009年のことであり、当時はまだ翁杉は健在でした。

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翁杉は、登山ルートのすぐそばにあり、樹皮の深いしわ、表面には苔むして、数多くの植物の共生を許すその姿は渋く、正に古老の大木に相応しい様相でした。

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屋久島通の人たちの中でも、ひときわ人気の高い古木でしたが、倒木の知らせに皆、沈痛なメッセージを届けられていました。
翁杉の倒木は、自然サイクルの当然の成り行きかもしれませんが、あるいは観光化による僕らの行いが、彼の死を早めてしまったのかもしれません。
縄文杉を始め、屋久島の森は、このような人による死期の早期化が進んでしまっているようです。

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それでも翁杉の魅力は失われたわけではありません。
奥に倒れた幹には、すでに新たな命の芽吹きが感じられ、屋久島の森の、力強さを感じます。

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航海の安全を守る神「塩土翁」(しおつちのおきな)をその名の由来とする古木は、倒れて尚、ますます風格を増してそこに在り続けていました。

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そして、いよいよ9番目の坂に来ました。
ここを登り終えると見えてくるのが、

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かの有名な「ウィルソン株」です。
ウィルソンさんって人が見つけたので、その名が付いていますが、「豊臣秀吉の命により大坂城築城(京都の方広寺建立とも)の為に伐採され杉の切り株」と云われています。
またトトロの家のモデルとも聞いています。
ここは超絶人気スポットなので、まだひと気が少ないのがラッキーでした。

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切り株の中は朽ちて出来た10畳ほど空洞になっていて清水が湧き出し流れています。

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切胸高周囲は16m以上あり、伐採時の推定樹齢は2,000年~7,200年とされ、現存していれば縄文杉同様の最大級の屋久杉のひとつであったとされます。
切り出された幹は、結局麓まで運び出されることなく、この下先に放置され、今も朽ちることなくそこに在り続けています。
そしてこのウイルソン株が熱狂的な人気を誇る理由が、切り株をある一定のポイントから見上げると、

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美しい、光と緑のハートを描くところです。

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位置や露光を変えると、また違ったハートを描き出してくれます。

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切り株の根元付近には、「木魂神社」が祭られ、注ぐ光がいっそう神秘性を増しています。

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伐採されてから400年も過ぎようかとしているのに、朽ちることのない素晴らしい屋久杉の神秘を感じられる、絶好の場所。
この景色を末長く愛でられるよう、多くの人に共感していただけるよう、真摯な気持ちとマナーを守り続けようと改めて思い考えさせられました。

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