古物神社〜神功皇后紀 6

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神功皇后を乗せた輿とその一行は、1月の寒空の中、ただひたすらに歩み進んでいた。
山間から吹きすさぶ風は冷たく、雲は鉛のように重たい。

「もう少し行けば、青い海と新天地の見える峠にたどり着くはず」
皇后はふと鈍色の空を見上げた。

岡の水門でしばし滞在していた大王と皇后であったが、筑紫を制圧するには少し北に過ぎた。
王はさらに南へと進攻し「橿日宮」を新たに都に据えることを決めた。
そこは港も近く、熊襲に攻めるも守るも、程よい距離にあった。
再び旅立つ大王と皇后であったが、ここでも万全を期して、大王は海路を進み、皇后はより安全な陸路を進むことになった。

ぽつりぽつりと、冷たい雨が落ちてくる。

「あそこに雨宿りに良い松がある」

ひときわ目立つ大松の下に輿を寄せ、皇后は愛用の笠を枝に掛けた。
松の枝は大きく手を広げるように皇后らを包み、冬の雨からその身を守っていた。

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仲哀天皇と神功皇后は、当初「岡の水門」を熊襲征伐の拠点と考えていましたが、
「ここは国の端なれば、皇居としてはふさわしくない。橿日の宮へ移るべきだ。」
と軍を整え、香椎へ出発します。

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【剣神社】
仲哀天皇は大船団を率いて、響灘から玄界灘を抜け、香椎へと向かいます。
神功皇后は遠賀川流域の「虫生津」(むしょうず)から上陸し、陸路を進みました。

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虫生津のそばに「剣神社」(つるぎじんじゃ)があります。

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剣神社は平地にこんもりと盛り上がった丘にありました。

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今は内地にある神社ですが、かつてはこの辺り一帯も海だったようで、
剣神社のあるところは島になっていたようです

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剣神社の御祭神は「素戔嗚尊」「日本武尊」「宮簀媛」となっています。

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「素戔嗚尊」(すさのおのみこと)は出雲で八岐大蛇を退治し、その時、大蛇の尻尾から「天叢雲剣」のちの「草薙の剣」を手にします。
「日本武尊」(やまとたけるのみこと)は蝦夷征伐の折、伊勢の倭姫から「草薙の剣」を受け取っています。

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「宮簀媛」(みやずひめ)は尾張(名古屋)の姫で、日本武尊の妻のひとりです。
蝦夷征伐を成し遂げた日本武尊は、宮簀媛の元へと帰り、媛へ「草薙の剣」を託します。
尊はその後、伊吹山の神を征伐に向かい失敗、それがもとで亡くなります。
その後、宮簀媛は尾張の熱田の地に「草薙の剣」を祀ります。

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つまり、剣神社の現在の御祭神は皆、「草薙の剣」にゆかりある神たちということになります。

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ここの杜では、いびつにうねる、大きな樹木の群れに驚きます。

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今にも動き出しそうに見えます。

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日本武尊は仲哀天皇の父親です。
父にゆかりのある宮に、天皇、皇后は祭祀に訪れたということになっています。

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【古物神社】
虫生津から上陸した神功皇后一行は、この「古物神社」(ふるものじんじゃ)の地へやってきて、ここで輿を休めます。

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皇后一行は1月の寒い時に訪れたようですが、僕は桜が散り始めた頃に訪れました。
はらはらと舞う花びらが、雪のようで美しいです。

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氏子の方でしょうか、掃除をされていました。

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趣ある拝殿です。

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ここの伝承の一つとして、素戔嗚尊が「高天原」から「出雲」へ行く途中に立ち寄ったと伝わります。
九州に残る、貴重な素戔嗚の足跡です。
素戔嗚をとその剣「十握剣」(とつかのつるぎ)を祀っているそうです。

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高天原を離れた素戔嗚は、このあと対馬からソシモリへと渡っていきました。

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また、熱田神宮から神剣「草薙の剣」が盗まれた時、犯人の「道行」は新羅に渡ろうと博多に向かっていました。
すると、剣が袋を突き破って飛び去り、光を放ちながら、この地へ飛んできたといいます。

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人々は祠を作って、神の剣を祀ります。
そして、剣の落ちた場所を「降物」といい、今は「古門」として地名に残ります。

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「ふる」とは「布留」。
「布留の御霊」(ふるのみたま)は隕鉄を精錬した剣であり、
「布都の御魂」(ふつのみたま)は砂鉄を精錬した剣のことだそうです。

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光り輝きながら飛んできたものとは隕石のことで、「草薙の剣」の盗難事件と重なって、伝承されたのでしょう。

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本殿の中に何が眠っているのか、気になります。

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本殿の横には小さな末社がずらりと並んでいます。

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見てみると、ちいさな「石」が祀ってありました。

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決して広くはないですが、厳かで雰囲気の良い神社でした。

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また、境内に「伊藤常足」(いとうつねたり)の旧宅があります。

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「伊藤常足」は江戸時代の古物神社の神職の家に生まれ、「太宰管内志」全82巻を書き上げた人です。

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【神崎神社】
更に神功皇后一行の足取りをたどっていくと「神崎神社」(こうざきじんじゃ)にたどり着きます。
「神崎」とは「皇后崎」と呼ばれていた名残です。

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神崎神社はため池の横にあるのですが、入り口が少々分かりづらいです。

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素朴な拝殿です。

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ちょっと宇宙人チックな狛犬もいます。

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境内奥に続く階段が気になりました。

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その先には、5つの祠がありました。

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とても神聖な何かを感じる場所です。

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境内から出て次の場所へ行こうとすると「皇母地蔵」なるものを発見しました。
皇母とは神功皇后のことでしょう。

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【春日神社】
皇后一行の次の休憩地は田園の中にある「春日神社」です。

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皇后はここで休み、大楠に馬の鞍をかけたそうです。

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その大楠は昼でも暗く影を落としていましたが、この時折れて辺りは明るくなったそうです。

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そしてこの一帯を「暗出」といい、「鞍手」となったと云います。

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本殿は目も覚めるような朱色でした。

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本殿裏にはまた小さな祠群が。

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なにやら小さな人形が、びっしり祀ってありました。

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【笠松神社】
神功皇后が軍を鞍手に進めていると、大雨に遭います。
時は1月です。
皇后は近くに松の木を見つけ、雨宿りに立ち寄りました。
頭にかぶっていたお気に入りの笠をその松の枝にかけると、松はみるみる大きくなり、葉も茂って大雨から皇后をお守りしたと云います。

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「笠松神社」は実に素朴というか、シンプルな神社です。

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境内に大きな石と松がありましたが、これが例の笠松ってわけではなさそうです。

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裏に石の祠がこっそりありました。

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【若八幡宮】

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皇后一行が立ち寄ったところです。

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これといった見所はありませんでした。

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少し寂れかけてますが、参道の桜は綺麗でした。

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【山口八幡宮】
いよいよ遷都の旅も終盤となります。

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「山口八幡宮」は宮若市の田園の中にあります。

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大きく盛り上がった杜があり、

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秘密基地の入口のような参道が続きます。

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樹勢がいいです。

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皇后はここで休憩した後、「見坂峠」を越えていきます。

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その先に、いよいよ「香椎宮」が近づいてきます。

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見坂峠からは玄界灘も見えていました。
その遥か先にある異国の地さえも、すでにこの時、皇后は見据えていたのかもしれません。

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