その名から気になっていた「黒髪山」(くろかみやま)に向かうことにしました。
佐賀県武雄市にある黒髪山の麓に、「黒髪神社」があります。
鎮西八郎為朝の大蛇退治伝説に由来する、流鏑馬神事が伝わる神社です。
御祭神は、「伊弉冉尊」「速玉男命」「事解男命」となっています。
記紀が伝えるところでは、「伊弉諾」(いざなぎ)は死んでしまった「伊奘冉」(いざなみ)に黄泉国まで逢いに行きますが、その時互いに約束事の儀式をします。
唾を吐き合うという儀式の中で生まれた神が「速玉男命」(はやたまおのみこと)、約束の時に発した言葉から生まれた神が「事解男命」(ことさかおのみこと)です。
速玉男命はスサノオの別名と聞いていますが、事解男命は出雲副王の「事代主」の事ではないでしょうか。
葛城に祀られる「一言主神」の別名を「言離神」(ことさかのかみ)と云うそうです。
イザナギではなくイザナミが祀られていることも珍しいですが、
参拝の作法が「二拝三拍手一拝」となっていることも異様です。
出雲大社や宇佐神宮などの「二拝四拍手一拝」とも違う、珍しい作法です。
ここは下宮で上宮は黒髪山の山頂付近にあるということです。
境内の脇に「聖徳太子社」というものがありました。
なぜここで聖徳太子が出てくるのか謎です。
「肥前古跡縁起」に「黒髪山大権現、本地薬師如来の三尊聖徳太子御作也。」とあるそうなので、聖徳太子作の如来像が御本尊なのかもしれません。
社の中はよくわかりませんでしたが、あまり深く探ってはいけない感じがしました。
さて、黒髪神社の上宮が黒髪山頂付近にあるというので行ってみます。
麓の登山口から登っていくのが正道ですが、車で近くまで上れるというので邪道で行かせていただきます。
山道を上ること10数分、「太鼓岩不動尊」という所がありました。
「黒髪山奥ノ院」とあります。
雰囲気のある境内。
素朴な本堂があります。
本堂の横を見ると、何やら謎めいた階段があります。
この先に絶景が待っているというので進んでみます。
山深い道を進むこと10分。
見えてきました。
絶景です。
しかし、本当の絶景は背中側にありました。
背後にぞくっとする視線。
なんと巨大な磨崖仏がそこにありました。
これぞ名の由来たる「太鼓岩不動尊」です。
そのあまりの迫力に、チンケな煩悩も気圧されてしまいました。
そして再び車は進み、ついに最終地点に到達しました。
寺屋敷跡とあります。
ここからしばし自力での登山になります。
黒髪の名にふさわしい霊樹が茂ります。
黒髪神社の由緒記には「伊弉諾尊が黄泉国より遁れ帰られた時、投げ給うた御鬘が此処に止まったから黒髪山と名付けた」とあります。
しかし僕は、佐賀の武雄で「黒」が付くとなれば、ある人物を連想せずにはいられません。
その人物は「武内宿禰」。
武雄神社はまさに武内氏の神社なのです。
武雄は武内宿禰の所縁をとても感じさせる場所です。
まあ、それはともかく、とにかく登ります。
登ります。
すると「白山神社」という社がありました。
ネットで見るとここが「黒髪神社 上宮」となっているものもありますが、
ここは白山神社みたいです。
そしてさらに少し登った所に「黒髪神社 上宮」がありました。
そこは龍の巣穴のような、大きな岩穴の中にありました。
中を覗くと、小さな社が見えます。
とても神秘的です。
そして山頂「天童岩」を示す標識がありました。
あと少し登れば山頂に行けるようです。
ならば行ってみましょう。
が、天童岩とはこの大岩のことのようです。
そしてこんな道を進むことになろうとは。。
天童岩とは、正に「天道信仰」に関わる場所のようです。
天道信仰とはいわゆる太陽信仰のひとつで、その独特な伝承が対馬に残っています。
しかしかなり危険な感じになってきました。
撮影も必死です。
わずかな凹凸の壁面を伝っていきます。
そろそろ天童岩が見えてきそうです。
この先!を見て唖然としました。
左、
右、
そして正面。
風が吹き抜けます。
この真ん中の岩の背を行けと。
立って歩くことはできません。
とにかく這いつくばって、両手両足を使って、渡り切ります。
そしてラストはこれ。
鎖にしがみつくように天に向かって昇っていきます。
ついに、ついに到着。
絶景。
鳥になりました。
もう、立っていられません。
平衡感覚すら曖昧になり、くらっと倒れてしまいそうです。
束の間の至福感に包まれたあと、再び絶叫しなくてはなりませんでした。
山は登りよりも、降りの方が怖いものです。
黒髪山には「雄岩」と「雌岩」がありまして、奥歯のような上が平たい岩が「雌岩」みたいです。
僕が登った天童岩は「雌岩」の隣の、ちょっととんがった岩の「雄岩」の方です、たぶん。
この上に立った(四つん這いになった)のです。
天童岩には七まき半も巻き付いた大蛇の伝説が伝わります。
【黒髪山の大蛇伝説】
「昔、肥前国有田郷の白川の池に大蛇が住み、ふもとの人達を脅かし田畑を荒らして暴れていた。
里人達の訴えで領主後藤高宗(たかむね)は退治にでかけたが、大蛇は現れなかった。
そのころ近くに来ていた鎮西八郎為朝(ちんぜいはちろうためとも)が、朝廷の命で大蛇退治に加わることになった。
女性をいけにえにとして差し出すことになったが、万寿(まんじゅ)姫という娘が申し出たので、領主高宗は御家再興を約束した。
白川の池のほとりに万寿姫が美しく着飾って座ると、まもなく水面に大波が立ち大蛇が現れた。
姫に襲いかかる大蛇に為朝が八人張りの強弓から放った大鏑矢(かぶらや)が右目を射抜き、高宗が三人張りの弓で放った矢が眉間を貫いた。
大蛇は、軍勢に追われてのたうちまわりながら西有田町の竜門の岩屋に向かって必死になって逃げたが、力つきて竜門峡の谷底へと落ちていった。
そこに丁度通りかかった行慈坊(ぎょうじぼう)という盲僧が異様な気配を感じ、短刀で大蛇にとどめを刺した。
その後、万寿姫の願いどおり家は再興され、姫は良縁を得たと云われる。」
【夫婦岩の悲恋伝説】
「隠れキリシタンの『新三郎』と庄屋の娘『お君』が結ばれない恋に落ち悲しみのあまり山中に姿を消し大嵐に見舞われた。
嵐がおさまると雄岩と雌岩がそそりたっていた。
以来、大晦日の深夜になると、二つの岩がぴったりと寄り添うとか。」
様々な伝承が伝わる黒髪山は、お手軽だけどハイリスクな、超絶パワースポットでした。
これはタマヒュン度がとても高めですね!楽しい記事をありがとうございます。
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黒髪山、白嶽、望雲台が僕の三大タマヒュンです^ ^
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