富神社:八雲ニ散ル花 12

『「天孫降臨」などというと、オトギめくが…私の知人の島根県人にいわせると、「このときから出雲の屈辱の歴史がはじまった」と大真面目で言う』 産経新聞社記者として在職中に「梟の城」で直木賞を受賞し、「竜馬がゆく」などを著作し…

粟嶋神社:八雲ニ散ル花 11

島根半島と米子市を結ぶ弓ヶ浜を進むと、草穂が広がる中にぽっかり浮かぶ丘が見えます。 ここが粟嶋であり、事代主が幽閉された島です。 弓ヶ浜半島は今は陸続きになっていますが、古代は島でした。 中海は「王の海」と呼ばれ、東出雲…

黄泉比良坂 / 揖夜神社:八雲ニ散ル花 10

黄泉の國の醜女達に追われ ここに逃れてきたイザナギ命は 桃の実を投げつけ退散させた 最後にイザナミ命自ら追いきたり 大岩をもちて塞ぎ 生の國と死の國の境となせり 千引の大岩なり これより西二百米に道祖神あり 追谷坂と呼ぶ…

猪目洞窟 / 伊奈世波岐神社:八雲ニ散ル花 09

島根半島の西側にある、鷺浦(さぎうら)は長閑な港です。 その辺りの鵜鷺(うさぎ)地区は海と山に囲まれた小さくて静かな海辺の町で、古くは北前船の寄港地として栄えた場所でもあります。 その一角に「伊奈世波岐神社」(いなせはぎ…

美保神社:八雲ニ散ル花 08

「なんとも長閑なものよ」 美保の海に浮かぶ一艘の小舟に男は寝転び、青い空と白い雲を眺めていた。 男は妻のいる美保関にやって来て、こうしてのんびり釣りを楽しむ時間を心から愛していた。 越の国からやって来た美姫「沼川姫」との…

高穴穂神社

滋賀県大津市の穴太(あのう)、住宅地に挟まれるように「高穴穂神社」(たかあなほじんじゃ)があります。 ここは、今から約2000年前、第12代景行天皇が築いた「志賀高穴穂宮」(しがのたかあなほのみや)があったと云われていま…

杷木神社 他

【浮羽島】 うきは市の田園の中に、景行天皇の足跡がありました。 「浮羽島」は天皇が御座した場所と云います。 九州巡幸も終わりに近い頃、「日本書紀」には次のようにしるされています。 8月に、的(いくは)で天皇は食事をしまし…

老蘇の森と奥石神社

万葉の昔から歌に詠われた美しく名高い森「老蘇の森」(おいそのもり)。そのもりに囲まれるようにある神社が「奥石神社」(おいそじんじゃ)です。 参道には独特な茅の輪が掲げられていました。 伝説によると、この一帯は地が裂け水が…

大鳥大社

堺市にある和泉国一宮「大鳥大社」は、「日本武尊」(やまとたけるのみこと)にゆかりある、ちょっと不思議な神社です。 境内は鬱蒼とした鎮守の森に囲まれていて、「千種森」(ちぐさのもり)と呼ばれています。 日本武尊は死後、白鳥…

白鳥陵

「白鳥陵」(しらとりのみささぎ)は、ヤマトタケルの陵のことです。 現在、奈良県御所市富田と大阪府羽曳野市軽里の2ヶ所が治定されているというので、訪ねてみます。 御所市冨田にある白鳥陵は民家の裏山といった感じにあって、場所…

氷上姉子神社

「年魚市潟(あゆちがた) 火上姉子は 我れ来むと 床去るらむや あはれ姉子を」 ヤマトタケルは東征からの帰路、甲斐国の坂折宮で「宮簀媛」(みやすひめ)を恋偲び、この歌を詠いました。年魚市潟とは名古屋の干潟のことで姉子は「…

橘樹神社

「かれ七日ありて後に、其の后の御櫛海辺によりたりき。すなわち、その櫛を取りて御陵を作りて治め置きき」 荒海を越えた日本武尊は、浜辺であるものを見つけました。 手にしてみれば、見覚えのある一つの櫛。 それは海に身を投げた弟…