立石寺:後編

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そこにあるのは、嘉永元年(1848年)に再建されたけやき材の優美な門です。

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門の中には朱塗りの厳つい仁王像が鎮座します。

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左右に安置された仁王尊像は運慶の弟子たちの作といわれ邪心をもつ人を見抜き、この先への立ち入りを拒むように睨みつけています。

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この辺りまで来ると、あと一息。

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慈覚大師の作と伝えられる阿弥陀如来を安置する「性相院」、

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延命地蔵菩薩を安置する「金乗院」を過ぎます。

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横手遠方を見ると、ボコボコとした岩場の洞窟が見えます。

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ここは修行の岩場となっており、今では修行者以外の登山は禁じられています。

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「中性院」です。
こちらの本尊も阿弥陀如来。

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ここに例の「おびんずる様」がいます。

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こちらは後の作であるということです。
参拝者に撫でられ続けて、ピカピカになっています。

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奥之院がみえてきましたが、一旦ここで左手に進みます。

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奥之院の手前から横道に入って少し進んだところにある「華厳院」(けそういん)。
慈覚大師が開山の際に住んだ所と言われ、大師作の観世音菩薩が本尊として祀られています。

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こちらでは、参拝することによって悪縁切りのご利益、また、悪い運気を祓ってくれるご利益を授かるとされています。

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また、すぐそばにある岩屋の中には、全国一小さい三重塔と云われる重要文化財があります。

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くり抜いた岩の穴の中を覗くと、

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小さな三重塔が佇んでいます。

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「奥之院」へ戻ってきました。

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左側の大仏殿には、像高5メートルの金色の阿弥陀如来像が安置され、毎日、卒塔婆供養をおこなっているそうです。

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右側の古い御堂が奥之院ともいわれる如法堂で、開山・慈覚大師が、中国で修行中に持ち歩いた釈迦如来と多宝如来を本尊としています。

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当地では人が死ぬと、その遺骨の一部、歯骨(はこつ)を取っておいて一周忌前に山寺の奥之院へ納骨または塔婆を納め、供養するそうです。
立石寺は霊山でもあるのです。

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では立石寺最大の見所へと足を進めます。

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ふと洒落た門を見つけました。
山寺行在所と言うそうです。

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ここは、大正天皇が皇太子時代の明治41年(1908年)、東北行啓の際に休憩所として利用した所ということです

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石畳の道を歩いた先には、

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赤い御堂が見えます。

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この立石寺を開いた慈覚大師のお堂、「開山堂」です。
江戸後期に再建されたもので、大師の木造が安置されています。
その横にあるのが、

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山内で最も古い建物と伝わる、写経を納める「納経堂」です。

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納経堂の下には、慈覚大師・円仁の遺骸を安置していると云われる「入定窟」(にゅうじょうくつ)があります。

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史実としては、円仁は貞観6年(864年)に比叡山で没し、立石寺に遺骸が移されたという確証は伝わっていません。
ただ、昭和23年(1948年)から翌年にかけて入定窟の学術調査が実施された時、金箔押しの木棺と人骨5体分、円仁像と思われる頭部の木彫像などが発見されているそうです。

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入定窟の岩を眺めていると蝉の声どころか、全ての雑音・雑念が、ひび割れた岩の中に染み入っていくようです。

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開山堂の裏にある細い階段を上ると、

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「五大堂」へと至ります。

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堂内の壁には、落書きがいっぱい。
民度の低さを痛感します。
こんなことに愉悦を覚える人の低俗さに呆れます。

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しかしそんな落書きさえも、そこに広がる美しい景色の価値を毛ほども貶めることはありません。

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絶景です。
涼しげな風が、体を吹き抜けます。

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奥之院側を見ると、

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修行の岩窟も一望できます。

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芭蕉さんも、この景色を見たのでしょうか。
こんな険しい岩山の山頂に、この天空の聖域を造り出した古人の想いとは。

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この日朝一で登拝した僕は、まさに「閑かさ」の中でひと時を過ごせました。
下山していると続々と観光バスの一団が見えていましたので、はやり此処一番の聖地へは、朝一参拝がおすすめです。

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