畝尾都多本神社

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記紀に初代神武天皇が即位したと伝わる奈良県橿原市に、ちょっと変わった神社がありました。
「畝尾都多本神社」(うねおつたもとじんじゃ)です。

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当社は天香久山北西麓に鎮座し、「啼澤神社」「哭沢神社」「泣沢神社」の別名があり、その境内は「なきさわのもり」と呼ばれています。

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御祭神の「哭澤女神」(なきさわめのかみ)は、「古事記」によると、イザナミが火の神であるカグツチを産み亡くなったのを、イザナギが悲しんで泣いた涙から生まれた女神だと伝えています。
神名は「さめざめと泣く神」という意味で、香山(香具山)の畝尾の木の下(木の本)に坐す神と同記は記しています。

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畝は、「うねうねしているところ」、尾は、鳥獣のように「山が裾を長く引いている所」をさすことから、畝尾とは山の裾のことをいうそうです。
香具山の畝尾にあたるこの神社の境内は、古来より「泣沢の森」といい、「水神」として特に「延命の神」として仰がれていたと云うことです。

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「哭澤の 神社(もり)に神酒据(みわす)ゑ 祈れども 我が大君は 高日(たかひ)知らしぬ」
(泣沢神社の女神に神酒を捧げて薨じられた皇子の延命を祈っているのに、皇子はついに天を治めになってしまわれた)

桧隈女王(ひのくまのおおきみ)が、と詠んだと言われる万葉歌碑が境内にあります。
持統天皇10年(696年)七月十日薨じられた「高市皇子」の延命をここの神に祈ったのは、聞きいれてくれなかったとの歌意であると云います。

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境内社の八幡宮です。

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拝殿がありました。

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裏を除くと本殿がありません。
壊れたまま放置されているのかと思いましたが、違いました。
玉垣の扉の奧には井戸が祀られているそうです。
それは人頭大の自然石で積まれた、内径136センチメートルの古井泉であり、御神体になっているそうです。
かつて依代であったと思える玉だすきの切株がその手前に残され、太古の祭祀形態を偲ばせていると伝えられます。

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今は枯れた井戸ですが、磐余池とともに天香久山の周辺にあった埴安池へ注ぐ飛鳥川の水源になる地下水脈の一つだったのではないかとの説もあるようです。

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かつてハマった「女神転生デビルサマナー」のゲームに登場したキャラの一体「ナキサワメ」の名につられて立ち寄りましたが、ここは太古に、亡き人を偲び、魂の呼び返しを祈った聖地だったのかもしれません。

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