行幸会 / 若宮八幡神社:親魏倭王ノ都 10

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薦神社に始まった行幸会も、宇佐神宮へ到達し、後半の旅へと向かいます。

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【田笛神社】
豊後高田市にある「田笛神社」(たふえじんじゃ)です。
まるで公民館のような拝殿。

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裏に本殿がありました。
当社は宇佐神宮行幸会八社の一つ。

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御祭神は「八幡大神」として「応神天皇」を祀っています。

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天平神護元年(765年)閏10月8日の八幡大神の神託では、
「八幡大神が御遊化(御修行)の昔、高知保から、豐前國と豐後國の境に到着し、この場所で田笛を吹き、田の飯(稲穂の収穫)をもたらされた」
と伝えられ、それで「田布江(田笛)」と言うようになったそうです。

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また「八幡宇佐宮御託宣集」には、宇佐神宮の行幸会の際に当社で「田飯を得せしめた」という記述があり、「田飯」と呼ばれる何らかの食事が存在した可能性もあるようです。

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本殿に飾られた稲ワラで編まれた鶴と亀が、地元の方々の感謝の気持ちを伝えていました。

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【若宮八幡神社】
若宮八幡神社(わかみやはちまんじんじゃ)は、豊後高田市にあります。

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宇佐神宮の別宮とされ、天長元年(824年)に豊前国宇佐郡の大神蘊麿の母「酒井門主女」に神託が下り、それを受けて仁寿2年(852年)に創祀されたと伝わります。

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門前の小池に変わった像がありました。

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天の邪鬼の像だそうです。

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主祭神は「大鷦鷯尊」(オホサザキノミコト / 仁徳天皇)。

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他に天照大御神、玉祖命、品陀別命、隼総別皇子、大葉枝皇子、小葉枝皇子、雌鳥皇女、多岐都比売命、多紀理毘売命、市寸島比売命、天之忍穗耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須比命と、神様デパート状態です。
尚、天照大神、玉祖神、品陀別命の3柱は、養老2年(718年)に豊後高田市内の字御玉に出現したという玉を御神体として祀られているそうです。

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本殿横の神門が見事な重厚感です。
高田を領した島原藩藩主「松平忠房」により、寛文9年(1669年)に高田の宗祠と定められ、天保4年(1833年)に藩主「松平忠侯」によって造替されたものが現在の社殿です。

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陰暦10月中旬に行われる秋季大祭では、神輿が桂川を渡る「川渡し神事」があり、神輿の舁き手の姿から「裸祭り」として知られ、日本三大裸祭りの一つとされています。
この行事の間、川の中に灯される大松明は長さ約16メートル、重約さ5トンもあり、名物となっています。

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また1月上旬の日曜日に行われる漕船行事の「ホーランエンヤ」は、出雲地方にも同名の祭りが残っており、ちょっと気になるところです。

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【田染元宮八幡社】
豊後高田市田染真中、山村の一角に、「田染元宮八幡社」(たしぶもとみやはちまんしゃ)が鎮座しています。

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当社は、宇佐神宮の行幸会で、行幸が本宮から奈多宮まで行く途上、休息したとされる場所です。

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鳥居は「台輪鳥居」と呼ばれる形状。

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やや荒れた感のある境内には仁王像などが鎮座し、

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神仏習合の痕跡を残しています。

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本殿の横には、やや小さめの鳥居だけが残され、社などは壊されているようですが、

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それもまた神秘的な空間を作っています。

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主祭神は「田心姫命」。

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平安時代、田染郷に宇佐神宮の荘園「田染荘」が成立した時に「田染郷の鎮守」として宇佐神宮から勧請されたのが創祀と云います。

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元は「比賣大神」として宗像三女神の「田心姫命」「湍津姫命」「市杵嶋姫命」の3柱がともに奉斎されていたそうです。

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しかし南北朝時代の観応2年(1351年)、神主の重輔郷司民部左衛門爵景永に神託がありました。
これにより、湍津姫命を田染間戸(現 田染真中)に遷座し「二宮」と称し、市杵嶋姫命を田染稲積(現 田染上野)に遷座し「三宮」と称するようになったそうです。

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当社は「一宮」であり、三社合わせて田染三社と呼ばれるようになりました。

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本殿も垣間見れましたが、「神さびた」と呼ぶには少々荒廃しすぎた感があります。

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ふと境内横の崖沿いに、真新しいお堂が見えたので気になりました。

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みてみると見事な磨崖仏が彫ってあります。

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国の史跡である「元宮磨崖仏」だそうで、

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毘沙門天や不動明王らが彫られているようです。

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【田染三宮八幡社】
豊後高田市田染上野にやってきました。
「三の宮の景」で知られる奇岩が連なっています。

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まるで神が立ち尽くしているような奇岩が4つ並ぶ場所に、

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「田染三宮八幡社」(たしぶさんのみやはちまんしゃ)が鎮座しています。

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本社の田染元宮八幡社に対する「三宮」です。

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民部左衛門爵景永に神託があり分祀され、「市杵嶋姫命」を遷座し祀りました。

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元宮よりも小綺麗です。

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隣の杜の木がすごいことになっていました。

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まるでエイリアンのようです。

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