宇流富志禰神社:斎王〜倭姫命世記を追う05

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崇神天皇六十四年、ヤマトヒメは伊賀国隠市守宮に遷幸した。
彼の地で二年間奉斎したと云う。

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倭姫命世記に記された比定地を巡って、三重県名張市にやってきました。
「宇流冨志禰神社」(うるふしねじんじゃ)です。

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境内の入り口に、枯れた切株が祀られています。

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御神木だったのでしょう。
往年の樹勢を思わせる風貌です。

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宇流冨志禰神社は『倭姫命世記』にある「隠市守宮」の候補地の一つとされています。

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同著によると、ヤマトヒメは、当地で2年間滞在したと記されてあります。

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つまり宇流富志禰神社は天照大神を奉斎した元伊勢の一つである可能性があると云うことです。

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主祭神は「宇奈根命」(うなねのみこと)。

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「宇奈根」とは、水・穀物の神であり、元々の御神体である赤岩が置かれていた場所が名張川のうねりの側にあることから、うねる→うなね(宇奈根)となったと言い伝えられています。

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社名も「潤う伏水」を語源としているそうです。

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配祀神として、武甕槌命、經津主命、姫大神、大物主命、火之迦具士命、宇迦之魂命、建速須佐之男命、天兒屋根命、応神天皇、仁徳天皇が名を連ねています。

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そこには出雲系・渡来系、様々な系統の神がごちゃ混ぜに並んでいる印象です。

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『春日社記』によると、神護元年(767年)、武甕槌神が鹿島神宮より大和への遷祀の際、当地に留まったのを起源とする、と記されています。

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春日大社の創建は、古代史の中では比較的新しい部類になりますので、ヤマトヒメの時代と大幅なズレがあります。

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しかし、当社と春日神のゆかり深さは、配祀神からも窺うことができます。

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宇流富志禰神社から名張川を渡った先に、「隠市守宮」の候補地のひとつ、「三輪神社」(みわじんじゃ)があると云います。

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こんもりとした杜がありました。

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そこは「瀬古口稲荷神社」とあります。

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瀬古口稲荷神社の境内縁起によれば、明治40年(1907年)に、少し南方にあった三輪神社を合祀したと云います。

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三輪神社は、『神社記』によれば第10代崇神天皇64年、大和国笠縫邑より隠市守宮に移って鎮座し、大物主命が祀られていると記されているそうです。

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つまり三輪山に祀られる「出雲太陽の女神」ではなく、事代主の御霊「大物主」の分霊を移したということです。

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また、天智天皇がここに行幸したとの伝えが残っているということです。

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宇流富志禰神社から名張川沿いに200mほど下ったところにある「蛭子神社」(えびすじんじゃ)も「隠市守宮」の候補地のひとつです。

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祭神は、八重事代主命、三筒男命、伊邪那岐命、火之迦具土命、天照皇大神。

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蛭子神と言えば事代主、出雲の8代目のスクナヒコ「八重波津身」副王のことと云われています。

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こうして名張川を中心に点在する隠市守宮の候補地をみてみると、ヤマトヒメ・天照大神の遷幸地というよりは、三輪系・登美家の関係者にゆかりある土地であるという印象の方が強いです。

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当社で2月上旬に行われる祭礼は、「えべっさん」の愛称で親しまれており、賑わいを見せているそうです。

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