波上宮

投稿日:

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沖縄に行ってきました。

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GLAMCODEの慰安旅行です。
GLAMCODEは福岡の美容室です。

http://glamcode.com

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海の碧さに惹かれて、偶然立ち寄ったここは「志喜屋ビーチ」。

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他に人影はなく、地元民が利用するビーチのようです。

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沖縄の「もずくの天ぷら」が美味しいと聞いたので、食べに行きました。

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snsで有名になったのは奥武島の「中本てんぷら店」ですが、そこは観光客で混雑していますので、島を裏に回ったところにある名店「大城てんぷら店」にお邪魔します。

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作り置きは一切せず、注文を受けてから揚げてくれます。
なので「アチコーコー」(あつあつ)を美味しくいただけるのです。

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店先には飲食スペースもあります。

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天ぷらは各種60円と、とってもリーズナブル。
小さな天ぷらを想像していましたが、出てきてびっくり。

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手のひら大ほどあるアーサの天ぷら。

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お目当のもずくの天ぷらも肉厚です。
沖縄のもずくは、繊維が太く、天ぷらはサクサクというよりはもっちりした食感です。

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紅芋の天ぷらは、きんとんを揚げたような感じで、甘くて美味しいです。
他にもイカや魚がありました。

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那覇市の中心地「国際通り」からも近い場所に、那覇港を望むように岩崖の上に建つ神社があります。
「波上宮」(なみのうえぐう)は沖縄県民から「なんみんさん」「ナンミン」として親しまれてきた、琉球八社の一つです。

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当社は全国一の宮会より「琉球国新一の宮」に認定されています。

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沖縄では類を見ない、大きな鳥居が目につきます。

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波上宮は大戦で被災し、元の社殿は焼け落ちています。
昭和28年に御本殿と社務所が、同36年に拝殿が再建され、平成5年の御造営により御本殿以下諸社殿が竣工されました。

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境内に入ると、沖縄らしい雰囲気の手水舎を始め、各社殿が建っていました。

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今は沖縄県であるこの地は、近代まで、日本や中国、東南アジアとの貿易を中心に発展した「琉球王国」という独立した国家でした。

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特に中国との交易が盛んだった琉球王国でしたが、江戸時代の1609年、薩摩藩が上陸し今帰仁城を落城させ、一気に琉球に侵攻します。
その後「首里城」が占拠され、王国は江戸幕府の指示のもと、島津の統治下に入ることになりました。
幕府に組み込まれた琉球は、江戸へ使節を送る「江戸上り」が慣例となりますが、この時使節団は、琉球装束を身にまとうことで独立国としての対面を保っていた云われています。

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やがてついに江戸幕府が倒れ、日本では明治維新により新政府が誕生しました。
この廃藩置県によって、琉球藩として位置づけられていた琉球王国は、明治12年(1879年)、「沖縄県」に変えられます。
王府は琉球存続を切に嘆願しましたが、政府は強硬に廃藩置県を断行し、ここに500年続いた琉球王国は消滅してしまいます。
そこには依然続いていた中国との交易を断たせる意味も含まれていたようです。

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波上宮には沖縄らしく「シーサー」が狛犬の代わりに鎮座していました。

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狛犬よりもどこか「ひょうげた」風貌です。

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当社の主祭神は「伊弉冊尊」(いざなみのみこと)・「速玉男尊」(はやたまをのみこと)・「事解男尊」(ことさかをのみこと)となっており、相殿神に「竈神」(火神)・「産土大神」・「少彦名神」が祀られています。

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沖縄は女神「アマミキヨ」らを中心とした多神教宗教「琉球神道」(ニライカナイ信仰、御嶽信仰)が今も残り信仰される土地です。
しかし当地にはなぜか、熊野権現に由来する神を祀る神社が多いのも事実です。

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境内には明治天皇の像があり、昭和天皇の御製碑がありました。

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沖縄は大戦によって9万人以上の民間人が命を落としました。
昭和天皇は終戦後、国民を激励するため全国各地を訪問しますが、沖縄県だけは米国の施政下に置かれていたため、それを果たせずにいました。
昭和47年、沖縄が本土復帰を果たすと、天皇は沖縄ご訪問を強く希望されたそうです。
しかし昭和50年、沖縄のひめゆりの塔で、当時の皇太子同妃両殿下が、火炎瓶を投げつけられる事件が発生します。
このため、昭和天皇の沖縄訪問は中止されました。
そして昭和62年、ついに念願の沖縄行幸が決定した矢先、昭和天皇は病に倒れ、昭和64年1月崩御されました。

昭和天皇が病床でお詠みになったのが、この御製です。

「思はざる病となりぬ沖縄を たづねて果さむつとめありしを」

「私は果たさなければならない沖縄を訪ねる務めがあるのに、思わぬ病気になってしまった」と記しておられます。
天皇の思いが強く突き刺さるお言葉です。

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近代日本に組み込まれた沖縄県は、旧支配層は裕福になり、一般県民は貧困に苦しむという状況が長く続きました。
第一次世界大戦後に起きた恐慌では、沖縄は「ソテツ地獄」と称され、命を落とす危険さえあるソテツの実や幹を食べて飢えをしのぐほどの悲惨な状況だったと云います。
第二次世界大戦ではアメリカ軍の戦闘機による空襲を受け那覇市は炎上。
昭和20年(1945年)3月に慶良間、4月に沖縄本島へアメリカ軍が上陸し、住民を巻き込んだ激しい地上戦に多くの犠牲者が出ました。
むごい最期を遂げた住民は数え切れず、「ひめゆりの塔」をはじめ、南部には今も、深い戦争の傷跡が残り、慰霊の火が絶えることはありません。

昭和20年8月15日に太平洋戦争は終結しますが、沖縄は同時にアメリカ軍に統治されます。
それは米軍からの配給で沖縄の人々の生活は支えられるものでした。
この長い支配生活は、古来の琉球文化とアメリカ文化を融合させた、今の沖縄文化を形成させました。
土産物で人気の琉球ガラスも、元々はコーラ瓶の再利用から始まったものだと言います。
やがて米軍支配下の沖縄で、住民の人権が蹂躙される事態が多発します。
昭和40年(1965年)、当時の首相「佐藤栄作」は「沖縄が復帰しない限り、日本の戦後は終わらない」と表明し、昭和47年5月15日、ついに沖縄は日本復帰を果たすことになりました。
この間実に、戦後27年経っていたのです。

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琉球人は洋々たる海の彼方に幸せの国「ニライカナイ」(海神の国)があると信じ、神々に日々風雨順和にして豊漁と豊穣に恵まれた平穏な生活を祈っていました。
その祈りの聖地の一つがこの波の上の崖端であったと云います。
当社に伝わる話では、
「南風原の里主という者が釣りをしていると、ある日浜辺で『光り、ものを言う』霊石を見つけた。
この石に祈るたびに豊漁となるので、諸神がこの霊石を奪おうとした。
そこで里主が当地へ逃れると『吾は熊野権現也、この地に社を建て祀れ、然らば国家を鎮護すべし』との神託があった。
里主は琉球王府にこれを奏上し、社殿が創建された。」
とあります。

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遥か昔から琉球人は、水平線の彼方の理想郷「ニライカナイ」から神が訪れて幸せをもたらしてくれる、そう信じていました。
そのような聖地は、御嶽(うたき)という独特の聖地として諸島の各地に残され、今も部外者立ち入り禁止として祈りが捧げ続けられています。
苦難の歴史を乗り越えた今の沖縄は、そのささやかな幸福に包まれているはずだと、信じたいところです。

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