大沼の浮島

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山形の奥地に、「大沼の浮島」と呼ばれる秘境があります。
そこは戦国武将も信仰した、神秘の美沼でした。

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大沼の浮島は東北山形の朝日岳に囲まれた山村「朝日町」にあります。
はるばる車を転がし、到達した駐車場には、立派な御神木が立っていました。

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愛宕神社なる標識が見えたので、そちらへ歩いてみます。

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少し進むと、古びた社殿が建っていました。

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中を覗くと、3体の厳しい像が鎮座しています。

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その社殿から鳥居の方を眺めると、朝日町の集落の絶景が眼下に広がっていました。

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再び駐車場に戻り、浮島への入り口にやってきました。

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鳥居のような二本杉の手前には、とても清潔なトイレも設置してあります。

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先には立派な社殿がありました。

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「浮島稲荷神社」です。

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当地の大沼は、白鳳9年(680年)、修験道の開祖「役小角」が発見し、同行していた弟子の「覚道」が、神池を守護したと云います。
覚道は、湖畔に祠を建立し、大沼と神社の別当である大行院の開祖となったと伝えられています。

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奈良時代に僧の「行基」が訪れた頃には、浮島の数は60以上もあったと伝えられ、大小の浮島には、日本各地の国名が名付けられていました。
大沼に浮かび遊泳する島々に、人々は自身や国の将来を重ね、幸福を祈願したと云います。
鎌倉時代には源頼朝が、戦国時代には大江氏や最上氏、江戸時代には徳川家が当地を祈願所としていました。

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本殿の横には護摩壇の跡もあり、神仏習合の名残が見られます。

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浮島稲荷神社をぐるりと回り、再び鳥居杉から、いよいよ浮島のある大沼へと足を進めます。

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小道の横に立つ地杉「子宝杉」。

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確かに素晴らしく、枝を伸ばしています。

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三度の鳥居杉の先に、浮島の浮かぶ大沼が見えてきました。

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大沼の入り口には、赤い鳥鵲橋(かささぎばし)があります。

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この橋を、相愛の男女が共に渡れば、固く縁が結ばれると云われています。

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そしてその先に進み、沼の全貌が露わになると、

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大沼のシンボルとも言える「出島」が見えてきます。

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大沼は、浮島稲荷神社の神池となります。

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沼の周りは、豊かな植生の森林に囲まれ、神秘を秘めて静かに佇んでいます。

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この出島は陸から離れた孤島です。
「雨請壇」とも呼ばれ、日照りが続くと雨乞いの祭壇が設けられ、祝詞を奉じると雨が降ったと伝えられます。
上陸はできないものの、遊歩道を歩けば、出島の背後に接近することができます。

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途中、桟橋があり、先端まで歩むと、大沼の全景を見ることができます。

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石灯籠の先にある小さな島は「葦原島」。
浮島のように見えますが、残念ながら、湖底に根付いた動かない島です。

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「浮島」とは、その名の通り、沼面に浮いて漂う小さな島のことです。

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大沼の浮島は、西岸一帯にある葦の群落が固まりとなって分離し、生まれると云われています。
そしてその数は、かつて60余りもあったと伝えられています。
徳川幕府の庇護の元、それぞれに国の名がつけられ、島の動きから日本各地の吉凶・動向を占っていました。

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木が一本立っている島が動かない島「葦原島」と思われます。
他の小島は正真正銘の浮島。
その数は、戦後の環境の変化によって、十数個にまで減少したと云います。

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大沼では年に一度、「島まつり」の神事が行われます。

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この神事は、7月の第3日曜日に行われますが、この時、大沼の湖畔から新たな島が切り出され、その年の縁起のよい方位にある旧国名が名付けられるそうです。

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これらの浮島は、無風でも静かに遊泳し、その場でクルクルと回ったり、一列に並んだり、本当に不思議な動きをするのだそうです。

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一周約30分の遊歩道を散策し、のどかに浮かび遊ぶ浮島の姿を見つけたなら、思わず微笑んでしまいます。

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そんな神秘の景色を求めて、はるばる大沼を訪れる価値は、十分にありました。

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最後に御朱印をいただこうと、少し離れた社務所を訪ねてみると、振り返ったその先に、最初に訪れた愛宕神社がポツンと見えていました。

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