石穴稲荷神社

投稿日:

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~ かんなびのうましところ ~
太古の息吹を感じる、そんな聖蹟が太宰府にありました。

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太宰府市石坂、九州国立博物館から南に少し離れたところ、筑紫女学院大学さんのそばに、「石穴稲荷神社」があります。
そこの磐座が素晴らしいというので、訪ねてみました。

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一の鳥居をくぐると、

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脇に小川が流れています。

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どうやらここが手水舎を兼ねているようです。

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小川の先は池になっています。

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太宰府は僕にとって縁深い場所で、幼い頃より行き尽くしているつもりでしたが、今更ながらに当地の存在を知って驚きました。
石坂は父の実家があるところであり、僕が生まれてから3歳まで預けられていたところです。
その目と鼻の先に、石穴稲荷神社はありました。

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そこそこ勾配のある階段を登っていくと、

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手水の小川が流れるあたりに大きな石が転がっており、

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一枚の突き出た岩が目に止まります。

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登りきった先には気持ちの良い境内が広がっていました。

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階段を登った正面には「石穴神社」があります。

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家内安全、繁栄のご利益あり。

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石高稲荷神社、

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中山神社などがあり、

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清水神社があります。

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清水神社は磐座の洞穴に本殿が建っているように見えます。
社名からも、先ほどの手水の小川に通じているのではないでしょうか。

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当社には、昭和31年の秋、当時大相撲横綱の「千代の山」関が、参詣しています。
足を痛めて九州場所を休場していた横綱が祈願すると、翌年の初場所、見事に全勝優勝を飾り、「石穴稲荷神社」と染め抜かれた大幟旗を一対、大神さまへの御礼として奉献したそうです。

また幕末の尊王攘夷派の公卿の一人「三条実美」公が、大事な太刀を紛失した時、石穴稲荷神社を参拝すると、たちどころに太刀は現れたと云います。
三条公が供物を入れて奉納した唐櫃(からびつ)は、ご神徳を伝える貴重な史料として、当社に現在も大切に保管されているそうです。

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さて、石穴稲荷神社の真髄は、ここから先の奥宮にあります。
そこへ続く石段が石穴神社の横にあるのですが、

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ここで履物を変えなくてはなりません。
何故、草履に履き替えるのか不明ですが、この先が神域であることを知らしめているようです。

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石穴神社の本殿を眺めつつ、

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再び朱色の鳥居が続く参道を歩きます。
奥宮まではずいぶん歩くものと覚悟していましたが、程なくその姿が見えました。

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石の祠があり、

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その横に巨石が積まれた穴が見えます。

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奥を覗くとお稲荷様が祀られています。
ここが奥宮かと思いきや、

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真の奥宮は、ここからさらに巨石を越えた奥地にありました。

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この先へ進むにあたり、注意しなければならないことがあります。
先ほど履物を変えたばかりですが、ここからはそれを脱ぎ、裸足で進まなくてはなりません。
この石碑にその注意書きが刻まれているようですが、読解不能です。

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足元には、ここで裸足になるようにと言わんばかりの石敷きがあります。

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裸足になるというのは、この巨石自体がご神体であるということなのでしょうが、足を滑らせないため、または美しい苔を傷つけないための配慮かもしれません。

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ごつごつとした巨石の上を、注意深く歩いていきます。

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「かんなびのうましところ」(神奈備乃美志処 )。
当社のリーフレットには、そう書かれています。
これは、「神々が降り立つ、美しく気持ちの良いところ」という意味のようです。

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当地は一見、人の気配なく、恐ろしげなところのように感じますが、心を鎮めて改めて一帯を眺めると、確かに美しく気持ちの清々しさを感ぜぬにはいられません。

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当社の御祭神は「宇迦乃御魂大神」(ウカノミタマノオオカミ)。

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また、祐徳稲荷神社大根地稲荷神社と並び九州三大稲荷の一つに数えられているそうです。

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関係史料はほとんど消失し、詳細は不明とのことですが、京都伏見稲荷から分霊されたか、はたまた菅原道真公が太宰府に下られた際、公をお守りして京都から一緒に来られたとする説が当地発祥の有力説なのだとか。

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一際大きな巨石をぐるりと迂回すると、

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真の奥宮が姿を現しました。

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石坂の山中にひっそりとある巨石群は、古代の磐座祭祀の形態そのもであり、由緒にある平安時代以前より、祈りの地として信仰されてきたことを窺わせます。

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自然の大いなる力を感じる、天然の聖蹟、

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そこはまさに、「かんなびのうましところ」でした。

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さて、ひと月後、改めて御朱印をいただこうと思い、石穴稲荷神社を参拝しました。
すると、

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こんな張り紙に気がつきました。
ええーっ!

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おそるおそる宮司宅にお伺いし、御朱印をいただく傍ら、奥様とお話しさせていただきました。

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7月の大雨の日、当然、池の水も水かさを増してきたのですが、そのうち泥水が流れてきて異様な光景になったそうです。

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息子さんが様子を見に行くと、土砂が崩れ、参道は泥にまみれ、足がズッポリ埋まってしまったという話です。

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それでしばらく境内立ち入り禁止にしてたそうですが、有志の方々のご助力で、無事境内は復帰していました。

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全く気付きませんでしたが、前回参拝に訪れた時は、既に被災した後だったということです。

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せっかくなので、奥宮へ参拝させていただきました。

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見れば被災した鳥居の残骸が残っています。

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快晴だった前回に対し、小雨が降った後の聖域は、しっとりと濃密な空気に包まれていました。

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光が足りないと、少し怖いかと思いましたが、変わらず穏やかな空気に満ちています。

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解読不能だった石碑も、濡れていると普通に読めました。

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裸足で岩の上を歩きます。

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幽玄な世界。

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曇ってはいても、空を高く感じます。

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母なる樹が見下ろす場所で、再び参拝させていただきました。

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やはり畏れ多い感じはするのですが、

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2度目ともなると少し余裕も出て、新たな発見をします。

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ここにある石のいくつかに、亀の甲羅のようなひび割れがあります。
これは磯良石といって、安曇族が好む石です。

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稲荷信仰は秦氏、特に物部氏によってもたらされたということです。
物部家と豊家が結びついて安曇族が生まれたと僕はにらんでいます。

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石穴神社は、ひょっとすると安曇族の聖地だったのかも、などと妄想を膨らませました。

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