天城峠

投稿日:

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20歳の一高生の「私」は、自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れず、1人伊豆への旅に出る。
「私」は、湯ヶ島の道中で出会った旅芸人一座の1人の踊子に惹かれ、天城峠のトンネルを抜けた後、彼らと一緒に下田まで旅することになった。
一行を率いているのは踊子の兄で、大島から来た彼らは家族で旅芸人をしていた。

天城峠の茶屋の老婆から聞いていた旅芸人を見下げた話から、夜、湯ヶ野の宿で踊子が男客に汚されるのかと「私」は心配して眠れなかったが、翌朝、朝湯につかっている「私」に向って、川向うの湯殿から無邪気な裸身を見せて大きく手をふる踊子の幼い姿に、「私」の悩みはいっぺんに吹き飛び、「子供なんだ」と自然に喜びで笑いがこぼれた。

「私」は、旅芸人一行と素性の違いを気にすることなく生身の人間同士の交流をし、人の温かさを肌で感じた。
そして、踊子が「私」に寄せる無垢で純情な心からも、「私」は悩んでいた孤児根性から抜け出せると感じた。

下田へ着き、「私」は踊子とその兄嫁らを活動(映画)に連れて行こうとするが、踊子だけしか都合がつかなくなると、母親(兄嫁の母)は踊子の懇願をふりきり、活動行きを反対した。
次の日に東京へ帰らなければならない「私」は、夜1人だけで活動に行った。
暗い町で遠くから微かに踊子の叩く太鼓の音が聞えてくるようで、わけもなく涙がぽたぽた落ちた。

別れの旅立ちの日、昨晩遅く寝た女たちを置いて、踊子の兄だけが「私」を下田港の乗船場まで送りに来た。
乗船場へ近づくと、海際に踊子がうずくまって「私」を待っていた。
2人だけになった間、踊子はただ「私」の言葉にうなずくばかりで一言もなかった。
「私」が船に乗り込もうと振り返った時、踊子はさよならを言おうとしたようだが、もう一度うなずいて見せただけだった。

船がずっと遠ざかってから、踊子が艀で白いものを振り始めた。
伊豆半島の南端が後方に消えてゆくまで、一心に沖の大島を眺めていた「私」は、船室の横にいた少年の親切を自然に受け入れ、泣いているのを見られても平気だった。「私」の頭は「澄んだ水」のようになり、流れるままの涙がぽろぽろと零れて、後には「何も残らないような甘い快さ」だった。

– Wikipedia『伊豆の踊子』あらすじ より

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川端康成の短編小説『伊豆の踊子』に登場する、「天城トンネル」に行ってみました。

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風情あるこのトンネルは、『伊豆の踊子』以外にも、松本清張の小説『天城越え』などにも登場し、

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数々の文豪を魅了しています。

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正式名称は「天城山隧道」(あまぎさんずいどう)と称し、全長445.5mの、日本初の石造道路トンネルとして1905年(明治38年)に完成しました。

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天城峠は伊豆半島の内陸と南部を結ぶ重要な峠であり、このトンネルのできる前の天城越えは下田街道の難所であったそうです。

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新天城トンネルができてからも、多くの人が訪れる旧トンネルですが、その場所は旧道奥深くに入り込んだ山の中にぽつんとあり、一見異様な佇まいを見せています。

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国の重要文化財に指定するにあたり、観光用の舗装が剥がされ、でこぼこの土の道がむき出しになっています。
また、日本の道100選にも選ばれています。

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道幅は3.50mと非常に狭く、通行は今も可能ですが、一般車両のすれ違いはまず不可能。
人も歩いていたりするので、車両の通行は要注意です。

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トンネル内はガス灯を模した照明があるのみで、かなり薄暗いです。
その風貌と相まって、心霊スポットとしても有名なのだとか。

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天城トンネルを抜け、内陸部に向けてしばらく進むと、「浄蓮の滝」という看板と広い駐車場があったので、立ち寄ってみました。

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駐車場からは、谷に向けて急な坂道を5分ほど降ることになります。

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1万7000年前の噴火によりできたと云われる直瀑の滝。
落差は25m、幅は7mで岩盤には柱状節理が見られます。

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かつて滝の付近に「浄蓮寺」という寺院があったことから「浄蓮の滝」という名称がついたと伝えられています。

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ところで、当地は例によってアジア系観光客の団体で騒がしく賑わっていましたが、その中の一組のカップルがいらっしゃったので、スマホを預かり記念写真を撮ってあげました。
僕は旅先では、日本人・外国人の区別なく、旅の良い思い出に写真撮影を極力買って出ることにしています。
日本をもっと好きになって欲しい、その思いからです。
ところが、このカップルを撮影していたところ、後ろから僕の背中を強くど突く人がいます。
おどろいて振り返ってみてみると、カップルと同じグループの中年夫婦でした。
自分たちの撮影に人影が入るのが邪魔だと言わんばかりに。
「は!?」
少し待つなり、すみませんとお願いするなり、あるだろうに。
我が物顔でポーズを決めるおっさんと、それを撮影するおばさんに、もうこの人たちイヤだーぁって、思っちゃいますよね。

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ま、気を取り直して、雑念を払って僕も自分の撮影を楽しみます。
この滝壺には「女郎蜘蛛」(ジョロウグモ)の化身が棲むとの伝説があります。

「むかし樵夫が、落とした鉈を探しに滝つぼの中に入ると美しい女性と出会う。その女性と姿を見たことの公言をしない約束をしたが、「滝の主は女郎蜘蛛だ」と村人から聞き、その出来事を話すと樵夫は深い眠りについた。」

というものです。

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滝のそばには、当地の名産「わさび」の畑もあります。

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ツンと鼻を突く「わさびのみたらし団子」はくせになる味。

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気のいいおばあさんが焼く「鮎の串焼き」は頭から全部、さっくり食べれてしまいます。

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石川さゆりのヒット曲『天城越え』にも登場する浄蓮の滝。

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古人も多く訪れたであろう美しい滝に、ひとときの涼を感じました。

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3件のコメント 追加

  1. 天城トンネル、以前行った時、なんか怖そうで、素通りしてしまいました…(^^;
    次は見学してみようと思います(*^^)v

    浄蓮の滝、いいですよね。
    私が行った時は、そんなに人がおらず、さらに日本人しかいなかったですが、そこもやはりいたのですね~。わさびを買いにくるフランス人と思われる人に遭遇することは多かったですが…。
    私は、わさびアイスが好きです(^_-)-☆

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      いや、けっこう怖かったですよ、僕なんてトンネル通って、車の窓ガラスに手形がついていないか確認しました!

      わさび良いですよね。
      以前「わさび巻き」というネタがワサビのみののり巻きと、わさびおにぎりを食べたことがあります。
      まあ、わさびでしたね (笑)

      いいね: 1人

      1. やはり、そうでしたか…(^^ゞ 怖いですよね…(^^;
        わさび巻、わさびおにぎり…、本物のわさびだったら…おいしいのかな?
        でもわさびですよね(^^;
        わさび漬けは、それだけで酒のつまみになりますけどね(*^^)v

        いいね: 1人

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