泉神社

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此より東北のかた二里に密筑(みつき)の里あり。
村の中に淨泉(いずみ)あり。
俗(くにひと)、大井と謂う。
夏は冷かにして冬は温かなり。
湧き流れて川となれり。
夏の暑き時、おちこちの郷里(むらさと)より酒と肴をもちきて、男女会集(つど)いて、休(いこ)い遊び飲(さけの)み楽しめり。

ー 『常陸国風土記』

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「泉が森」鎮まる霊社、茨城県日立市の「泉神社」を訪ねました。

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「泉が森」とは当社の境内そのものを云うそうです。
参道の幟旗は毎年取り替えるそうで、毎年色が変わるのだそうです。
僕が訪れた時は透き通った泉の色、涼として良い気持ちになりました。

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当社創建は不明となっていますが、一説には10代「崇神天皇」(すじんてんのう)の頃に建てられたものだと伝えられます。

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参道の途中には落雷で折れた推定樹齢450年の御神木が保存されています。

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祭神は、「天速玉姫命」(あまのはやたまひめのみこと)、記紀には記されない神です。

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『茨城県神社誌』によれば、「天速玉姫命は天棚機姫命の女で、天太玉命の后神、天比理刀咩命とも云う」とし、『常陸二十八社考』によれば当社の神体は泉川・霊玉であると記されています。

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「天太玉」といえば出雲王家の親戚である忌部氏の祖。
事代主の息子「クシヒカタ」に付いて大和・葛城に移住した玉造です。
とするなら天速玉姫は出雲族の姫であったのか、とも思いますが、その名がスサノオの別名「速玉男命」(はやたまおのみこと)と酷似していることから秦族の姫である可能性が濃厚です。

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さて、『常陸国風土記』久慈郡の条に「密筑の里の大井」とある霊泉は、社殿の右下に見えていました。

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厳島神社を取り囲むように涌き出でる清らかな水。

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夏は冷ややかにして冬は暖か。
底の白砂を押し上げて、ボコボコと水が湧き出ています。

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周長約40m、最大水深約2m。
すり鉢のように中心に向かって急に深くなっており、大小20余の泉穴があると云われています。
泉の前で願い事を言うと、湧き出る水の形に何かを視るのだとか。
古の人も男女集って、酒と肴で遊び楽しんだという神秘の泉、夏の憩いに訪ねてみてはいかがでしょうか。

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2件のコメント 追加

  1. 生きる塾 より:

    白砂を押し上げて湧き出る水!
    なんとも神秘的ですね。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      はい、動画を撮っておけばよかったと思いました。
      綺麗な池・湖はいくつか見てきましたが、このような湧き上がる様がはっきり見れたのは初めてで感動しました。

      いいね: 1人

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