古事記・日本書紀ではもう満足できないあなたへ 〜富王家伝承考察への誘い

投稿日:

pb060472-2018-08-29-17-00.jpg

約700万年前にアフリカに誕生した人類の祖先は、6万年前アフリカを旅立ち、4・3万年前に日本に到達したと云われています。

そこから縄文期・弥生期を経て、今の「日本人」の礎が築かれていくわけですが、その過程で様々な渡来人の移住が行われており、今の僕らの遺伝子はむしろ、4万年前に到達した人類のそれよりも、のちの渡来人の影響の方が大きいと云うことです。

多くの外国人が憧れる日本。

彼らは日本の情景はもとより、質素で勤勉、労を惜しまず質にこだわり、自分に厳しく人に優しい「日本人」そのものに、好意を抱いてくれています。

日本人たる私たちのDNAはどこから生まれたのか。

私たちの根源を記すという「古事記」や「日本書紀」、はたまた「ホツマツタヱ」や「竹内文書」といった古史古伝においても、それに答えてはくれていませんでした。

そんな神代・古代の迷路に迷い込んでいた時、僕は一冊の本と出会いました。

斎木雲州著「出雲と蘇我王国」です。

そこには、神と呼ばれた人たちの、生々しい歴史が記されていました。

-伝承の日本史-

表題にはそう書かれています。

81hgqbo14tl-2018-08-20-18-00.jpg

斎木雲州氏の著書は、「大元出版」という地方の出版会社が製作しています。

その大元出版から発売された「出雲と大和のあけぼの」という本は、氏が、各地の古老の伝承をまとめ、真の古代史を発見するという内容になっています。

しかしその根幹は、氏が受け継いだ、古代出雲王家の伝承・口伝が元となっていました。

僕は幸運にも目を通す機会を得られましたが、本書は残念ながら絶版となっており、入手がかなり困難になっています。

e587bae99bb2e381a8e89887e68891e78e8be59bbde38388e38299e383a9e38383e382afe38299e38195e3828ce381bee38197e3819f-2017-06-29-13-40.jpg

僕が最初に手にした、大元出版・斎木雲州氏の著書が「出雲と蘇我王国」です。

本書にて、初めて、氏が古代出雲王朝の東王家「富家」(向家)の伝える歴史の正当なる伝承者「富当雄」(とみまさお)氏の息子であることが告げられます。

当雄氏は死の間際、息子に「真実の出雲史を普及させてくれ」と遺言を残したそうです。

つまり、斎木雲州氏(もちろんペンネームですが)は、当雄氏が伝承してきた真に迫る古代史を受け継ぎ、それを世に広める責を負っているのです。

「出雲と大和のあけぼの」と「出雲と蘇我王国」の2書は互いに補完しあっており、これらを通じで正確に、富家の伝承を推し量ることができるのですが、現在まだ入手できる本書のみでも、かなり歴史の深淵に迫ることが可能です。

91t2fzqfil-2018-08-20-18-00.jpg

2017年に発行された「飛鳥文化と宗教争乱」は、「出雲と蘇我王国」に続く歴史、蘇我王朝からいわゆる聖徳太子の飛鳥時代に及ぶまでが記されています。

本書から装丁が立派になり、お値段も少し上がりました。

しかし、大元出版の書籍というものは、知らない人はまず手に取ることも無いだろうと思われるような、そんな装丁です。

逆に言いますと、本を大量に販売して利潤を得ようという意思は、そこには感じられません。

大元出版という会社自体も、おそらく富当雄氏の息子である斎木雲州氏が立ち上げたものです。

そこには遺言を受け継ぎ、「真実の古代史を普及させたい」という氏の気持ちが現れているのです。

e8a6aae9ad8fe580ade78e8be381aee983bde38388e38299e383a9e38383e382afe38299e38195e3828ce381bee38197e3819f-2017-06-29-13-40.jpg

大元出版の書は、斎木雲州氏の著書ばかりではありません。

「勝友彦」氏の「親魏和王の都」は、「魏書」などの中国の歴史書に照らし合わせ、富王家の伝承が正しいことを立証しています。

僕は始め、斎木雲州氏と勝友彦氏は同一人物であろうと思っていましたが、内容の微妙な相違などから今は別人であると考えています。

雲州氏の著書が、伝承の経年による齟齬からか、幾分矛盾をはらんでいるのに対し、本書は冷静かつ客観的で、富王家伝承を補完・理解する上で有用な一冊となっています。

e58fa4e4ba8be8a898e381aee7b7a8e99b86e5aea4-1-2017-06-29-13-40.jpg

斎木雲州氏の「古事記の編集室」という本は、古事記・そして日本書紀がどういった経緯で書かれたかについて記されています。

日本に限らず、歴史とは常に勝者によって記されてきました。

滅ぼし、滅ぼされたにも、時の事情があるものです。

しかし一部の人たちの浅い名誉を守るために、未だ偽りの歴史を、「神話」という作り話で押し付けることはあってはなりません。

麗しい日本人の「大和の心」が失われつつある昨今、私たちがどのように生まれ、育まれてきたのか、魂の根幹を知らなくてはならない時に来たのではないでしょうか。

僕は富家の伝承地に足を運び、拙くも考察を重ねてきました。

するとそこには世界中の人が憧れる、麗しき日本の姿が目に浮かんできたのです。

今一度、大元出版本を読み返し、校正したのちに、下記にリンクを貼ります。

記紀では満足できなくなったあなたに、御一見いただけますと幸いです。

ds

朗報!「出雲と大和のあけぼの」の改訂版ともいうべき「出雲王国とヤマト政権」が発売になりました!

ページ数は倍以上になり、内容は「あけぼの」に添いつつ、さらに深く、分かりやすくリライトしてあります。

誠実さのない古本屋に大金を払うより、大元出版さんにきちんと対価を支払いましょう!

c1d-2018-08-29-17-00.jpg

八雲ニ散ル花:序章

001     出雲大社(杵築大社)前編
002     出雲大社(杵築大社)後編
002.5  出雲国造館
003     出雲井社
004     神魂伊能知奴志神社(命主社)・真名井の清水
005     出雲神奈備神社・伊怒神社
006     加賀の潜戸
007     佐太神社・田仲社

参)

多賀大社
韓釜神社
朝山神社
曽枳能夜神社
立虫神社・万九千神社
八千矛山大国主神社
神在月(神等去出祭)と出雲旅

八雲ニ散ル花:黄泉國ニ至

008     美保神社
009     猪目洞窟 / 伊奈世波岐神社
010     黄泉比良坂 / 揖夜神社
011     粟嶋神社
012     富神社
013     稲佐の浜

八雲ニ散ル花:前夜

014     神魂神社
015     鳥屋神社
016     阿太加夜神社
017     宗形神社
018     三屋神社
019     阿須伎神社
019.5  都我利神社
020     五十猛神社
021     大屋姫命神社
021.5  海童神社(出雲)
022     籠神社・真名井神社

参)

宗像大社 沖津宮(沖ノ島)
宗像大社 中津宮(筑前大島)
宗像大社 辺津宮
御井神社
鎮国寺
六嶽神社

八雲ニ散ル花:大和乃アケボノ

023     鴨都波神社
024     葛城一言主神社
024.5  野口神社 / 長柄神社
025     高鴨神社
026     葛木御歳神社
026.5  多伎神社
027     鹽冶神社
028     御名方神社
029     蚊屋島神社
030     葛木坐火雷神社
031     天香久山
032     大神神社
033     大名持神社
033.5  三歳社 / 狼神社(出雲)
033.6  飛鳥坐神社

参)

熱田神宮

筑秦ノ饒速日

001     島大國魂神社 / 阿麻氐留神社
002     浮盃
003     金立神社
003.5  武雄温泉 / 古湯温泉
004     櫛田神社と櫛田宮
005     海童神社
006     吉野ヶ里遺跡
007     新北神社

参)

蚕ノ社(木嶋坐天照御魂神社)
八坂神社
松尾大社
古宮八幡宮
英彦山 高木神考:高住神社
春日神社・田川
鷹見神社

八雲ニ散ル花:和国大乱

034     村屋坐弥冨都比売神社
035     荒神谷遺跡 / 加茂岩倉遺跡
036     樂樂福神社
037     赤猪岩神社
038     西谷墳墓群
039     八咫烏神社
039.5  橿原神宮
040     大和神社
040.5  高天原

参)

橿原神宮「神武天皇御一代記御絵巻」に見る神武東征神話
糺ノ森(下鴨神社)
賀茂御祖神社(下鴨神社)
賀茂別雷神社(上賀茂神社)
御蔭神社(賀茂御祖神社摂社)

神功皇后紀外伝:日矛伝

出石神社

八雲ニ散ル花:黄昏

041     鳥見山霊時(等彌神社)
042     都萬神社
042.5  西都原古墳群
043     生目神社
044     鏡作坐天照御魂神社

親魏倭王ノ都

001     嚴島神社(満)
002     御山神社
003     嚴島神社(干)
004     三女神社
005     宇佐神宮
006     行幸会 / 薦神社
007     行幸会 / 妻垣神社(足一騰宮)
008     行幸会 / 小山田神社
009     大元神社
010     行幸会 / 若宮八幡神社
011     行幸会 / 八幡奈多宮

参)

金富神社

八雲ニ散ル花:出ズ芽

045     長浜神社
046     物部神社
047     小田神社
048     田和山遺跡
049     智伊神社
050     久奈子神社
050.5  若狭彦神社
051     磐船神社
052     往馬坐伊古麻都比古神社
053     熊野大社(出雲)
053.5  劔神社
053.6  出雲阿国
054     野見宿禰神社・龍野神社
055     菅原天満宮
056     檜原神社
057     神谷太刀宮神社
058     椿大神社
059     武内神社
060     神原神社
061     石上神宮
061.5  玉造・玉作湯神社
061.6  忌部神社
061.7  出雲屋敷・山ノ神遺跡
061.8  登美山鎮座宗像神社
061.9  天太玉命神社

斎王

000     白鬚神社
00.5    佐紀陵山古墳(日葉酢媛命陵)
001     竹野神社・奈具神社・宇良神社
002     御杖神社・四社神社
003     二見興玉神社
003.5  御塩殿神社
004     伊勢神宮・外宮
005     別宮・月夜見宮
006     別宮・月讀宮
007     別宮・瀧原宮
008     別宮・伊雑宮
009     別宮・倭姫宮
009.5  田手神社
010     猿田彦神社
010.5  磯神社
011     斎宮跡
012     伊勢神宮・内宮
013     饗土橋姫神社
013.5  撞賢木厳御魂天疎向津姫命神社
014     箸墓古墳

神功皇后紀

001     忌宮神社
002     織幡神社
002.5  縫殿神社
003     国見岩
004     一宮神社
005     岡湊神社・高倉神社
006     古物神社
007     香椎宮「儺の橿日宮」
008     櫻井八幡宮
009     伊野天照皇大神宮
010     砥上岳
011     大己貴神社
012     荷持田村
013     美奈宜神社
014     味水御井神社
015     蜘蛛塚
016     香春岳
017     鏡神社
018     伊都の層々岐山(雷山)
018.5  神在神社
019     現人神社(住吉本津宮)
020     宮地嶽神社
021     志賀海神社
022     御島神社
023     神集島
024     邇耳神社
025     神住居神社
025.5  和多都美神社
026     胡簶神社
026.5  海神神社
027     慶州
028     能古島
029     風浪宮
029.5  筑前一之宮 住吉神社
030     宇美八幡宮
031     筥崎宮
032     大分八幡宮
033     風治八幡宮
034     篠崎八幡宮
035     住吉荒魂本宮
036     生田神社
037     住吉大社
038     逢坂
039     氣比神宮
040     磐余の若桜宮

参)

月読神社(松尾大社摂社)
志賀海神社大祭・山誉め祭

八雲ニ散ル花:蘇我王国

062     河内大塚古墳・島ノ山古墳・比売久波神社
063     天宮山
064     三國神社
064.5  巨勢山口神社
064.6  岩戸山古墳
065     宗我座宗我都比古神社
066     意宇の杜
067     山辺神社
068     山辺赤人の墓
069     多坐弥志理都比古神社
070     談山神社
070.5  枚岡神社
071     春日大社 前編
072     春日大社 後編
073     鬼の俎・鬼の雪隠・猿石
074     益田岩船
075     亀石
075.5  酒船石・亀形石造物
076     生石神社
077     本明寺(石川精舎)
078     橘寺
079     四天王寺
080     石舞台古墳
081     鵲森宮 (森之宮神社)
081.5  玉造稲荷神社
082     飛鳥寺
083     久米寺
084     法隆寺
085     叡福寺
終      日御碕神社

八雲ニ散ル花:番外・天智伝

001     水城
002     大野城跡
003     金田城

八雲ニ散ル花:蝦夷ノ王篇

000     奴奈川神社
001     生島足島神社
002     布制神社
003     穂高神社
004     筑摩神社・有明山神社・魏石鬼岩窟
005     雨境峠祭祀遺跡群
005.5  一関 達谷窟
005.6  白嶽
006     諏訪大社 上社本宮
007     足長神社
008     御頭御社宮司総社(ミシャグチ社)
009     諏訪大社 上社前宮
009.5  阿蘇山中岳〝阿蘇氏と諏訪氏考〟
010     諏訪大社 下社春宮・秋宮

外伝)

伝 阿弖利爲・母礼之塚

番外)

彌彦神社
湯神社(彌彦神社境外末社群)
某神社(彌彦神社境外末社群)
伊佐須美神社

八雲ニ散ル花:東ノ国篇

001     三嶋大社
002     広瀬神社
003     来宮神社・伊豆山神社
004     月間神社
005     伊古奈比咩命神社
006     石室神社
007     氷川神社
008     宇都宮二荒山神社
009     鹿島神宮
010     香取神宮
011     大戸神社 / 側高神社/ 沼尾神社 / 坂戸神社
012     息栖神社:石室神社
013     大洗磯前神社
014     酒列磯前神社
015     大甕倭文神社

外伝)

三島鴨神社

八雲ニ散ル花:木ノ国篇

001     大屋都姫神社
002     伊太祁曽神社
003     花の窟神社
003.5  産田神社
004     丹倉神社
005     竈山神社
006     日前神宮・國懸神宮
006.5  加太春日神社・木本八幡神社
007     熊野速玉大社
008     神倉神社
008.5  神内神社
009     熊野那智大社・飛瀧神社
010     大斎原
011     熊野本宮大社

八雲ニ散ル花:番外

倭文神社〜健葉槌と下照姫
諸手船神事
大神山神社
氣多本宮:能登生国玉比古神社
氣多大社

天神伝

水鏡天満宮
北野天満宮
防府天満宮
太宰府・観世音寺
太宰府天満宮・鷽替え神事
太宰府天満宮・鬼すべ神事
太宰府天満宮・雪
太宰府・伝衣塔
太宰府・石穴稲荷神社
太宰府・宝満宮竈門神社の紅葉
太宰府天満宮・天神伝 / 人
太宰府天満宮・天神伝 / 地
太宰府天満宮・天開稲荷神社
太宰府天満宮・天神伝 / 天拝
太宰府・紅姫供養塔
太宰府天満宮・夜菊
太宰府天満宮・飛梅
太宰府天満宮・朝雨
太宰府天満宮・榎社

八雲ニ散ル花:論外

轟・五条氏考

38件のコメント 追加

  1. 8まん より:

    CHIRICOさんこんばんは。
    そして蜜月稀葵さんは、はじめまして。
    わたしらのやり取りにテンションアゲアゲで神社にまで詣でて頂いてありがとうございます。
    ネットだって立派な縁です。ありがたや。
    日本はモンゴリアン系が近い民族とされ顔はヤクート人やブータン人、アイヌ、朝鮮、中国などが骨格に。色々な形で島を渡って来ているのが分かります。
    そして古い史跡や神社仏閣には、そういうものの名残がみられます。また風習や伝統には語り継がれた歴史が紡がれています。
    それから記紀や風土記、万葉集、先代旧事本記だったり。口伝、説話、逸話、伝承。物語。こんなに人が古くからのものを残そうとしてくれています。
    古きを知り新しきを知る。温故知新ですな。
    色々な人が、古くからの日本に興味を持って知ろうとする。とても大切で良いことだと思っています。
    ここ最近、日本会議のメンバーの方々が神道に絡んで・・・まあ知らなくて良いことはオカルトの方に任せておいて・・・。
    神様に向き合うという事は、自分の行く先の指針に向き合うことなのかなと思ってます。神社で人は祈り、誓う場所なんですから。
    お寺は、願い望む場所らしいです。
    なんにせよ、袖振り合うも多生の縁です。蜜月稀葵さんにも良い縁が続きますよう。
    ではではここいらで。

    CHIRICOさん、足利学校も拝読させていただきました。日本は他の国に負けない勤勉な民族性をこういうところでも垣間見えますよね。
    ここにも温故知新。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      多民族を有する国は数あれど、日本が特別なのは、日本に移り住んだ各民族が皆、一個の日本人として溶け合い、助け合っていきてきたということです。
      その中心に天皇を掲げ、君主と民が信頼し合う強い結びつきを悠久に渡って持ち続けてきた、稀有な民族です。
      そのような奇跡とも言える民族が生まれ、維持できたのは、日本という、自然災害が多く、また自然から得られる幸多いこの国土があったからだと思います。
      が、他国、とくに一神教を掲げる人たちの中には、この日本を壊そうとする勢力が存在します。
      それはとてつもなく闇深い、強烈な妬みを持ってことをなそうとしています。
      その勢力は様々な方法で日本を破壊しようとしてきました。
      時には武力で、時には経済を使って。
      しかし日本人は戦後の大敗からも、バブルの崩壊からも、何度も立ち上がって蘇るのです。
      そんな折、今狙われているのは日本神道と皇室です。
      同時に自然災害を人工的に引き起こすこともやっている節があります。
      寺院はかなり侵食されてきていると聞いています。
      また神社もある程度、侵食されつつあると。
      落書きや油まき、放火などのレベルではなく、内部への侵食です。
      僕らが日本の神と思って崇めている対象が、気がつけば異国の神になっている、ということが起きつつあるそうです。
      内部侵食は皇室にも及んでいます。

      僕は、純たる日本人は人類最後の良心である、と信じています。
      そして、日本人の心を守るためにもブログを書いていこうとある時期決心しました。
      そう決心させてくれる人物とご縁をいただきました。
      綺麗な写真を見て、日本って綺麗な国なんだな、と思ってもらえるだけでも、それは十分なのです。
      日本の国にはこんな場所があったんだと、発見してもらえるだけで十分。
      自分たちの住まう日本が好きだって思ってもらえれば、それが愛国心なのだと思っています。
      実のところ、もうほぼほぼ詰みかけているこの世界に、拳を上げて戦ってくれている人たちのためにも、人類の良心を守りたいと極めて微力ながら声援している次第です。
      僕らの平和や豊かさを搾取しているのは、我らが君主の天皇家ではなく、神の名に隠れ闇深くに隠れほくそ笑む存在なのです。

      私のブログを訪ねてくださる方のリンクをたどると、より詳しいことがお分かりになられると思います。
      ご声援いただけると幸いです。
      重苦しい返信となりまして、失礼しました。

      いいね

    2. 蜜月稀葵 より:

      8まんさま

      おはようございます。
      お返事頂き嬉しいです。

      このタイミングでCHIRICOさんのブログに出会い、お二方のやりとりに感化されている。ありがたすぎます。

      改めて、日本の凄さ、今日本人としてここに生まれている事に感激しています。

      「神様に向き合うという事は、自分の行く先の指針に向き合うこと」

      その通りだと思います。
      その指針が間違っていないかを確かめに行っているような気がしています。

      これからもテンションアゲアゲで拝読させて下さいませ。

      CHIRICOさん、8まんさんにも良きご縁が続きますように!

      早朝から失礼いたしました。

      いいね: 1人

  2. 8まん より:

    早い。そして面白いです。(笑)
    んでは、私が聞いた諏訪、モーリヤの話。諏訪奇祭である子供を生け贄に模した祭りは明治までされてたのはご存知かと。これは旧約聖書の「イサクのはんさい」という儀式の日本版らしいです。アブラハムを神様が試すアレです。神様はアブラハムが神に恭順を示し息子のイサクを贄に捧げようとした事を認め神の力を笑ったアブラハムを許した。んで、代わりにヤギを贄に捧げたと。
    日本でのこの地方では、ヤギがおらず代わりに鹿が捧げられるようになったと。
    そうそう、肝心のミシャグチ若しくは漢字通りだと「ミサクチ」。その神とどう繋がるの?なんですが名前を分解してみます。エゾ近辺で 「ミ」とは「オン」御と上の方を指す。「サク」はまんま名前、「チ」は神。で「御、サクの神。」となる。「サク」は昔から田んぼの~の意味なんですが、出雲族より早くこの辺りにいた民族は狩猟族。稲作文化は後。
    で、東北民族は昔から口の開きが少なく(寒い地方独特らしい)「イ」が抜けた。「ミイサクチ」が発音が崩れて「ミシャグチ」若しくは「ミサクチ」になったと。ちと強引な気がするのですが、タケミナカタは諏訪の神と相撲をして勝ったので、この地を譲られた逸話があります。
    これはイスラエルの建国話にも似た所があり神様との相撲の話で、神様に相撲で勝ったので土地を譲られ名前をイスラエルとした。と。ちなみに「イスラ」は勝つ。「エル」は神様。ここでも名前が分解されてます。
    モーリヤの民(斉)はこの地で祖国の祖先神を祀っていたのでしょうか・・・。
    聞きかじりの話ですみませんが、これが私がどっかで(笑)聞いた話です。

    いいね: 1人

    1. 8まん より:

      追記。ヤギ×。羊〇。でした。間違えました。すみません。

      いいね: 1人

    2. CHIRICO より:

      うわー面白いですね!
      実は子供を使った生贄の祭りは、遠く宮崎の高千穂神社にもあったと言います。
      高千穂といえば天孫降臨の地です。

      ここに伝わる話で、「三毛入野命」(御毛沼命)が荒ぶる神「鬼八」(キハチ)を退治したというものがあります。
      三毛入野は物部族です。
      鬼八は倒されても何度も蘇るため、最後にはバラバラに斬られ、別々の場所に葬られたといいます。
      高千穂神社ではこの鬼八を慰霊するため、「猪掛祭」(ししかけまつり)が今も受け継がれています。
      神前に1頭の猪を捧げ、「鬼八眠らせ歌」を歌いながら笹を左右に振る「笹振り神楽」を舞います。
      有名な高千穂の夜神楽は、この笹振り神楽が元とされています。
      猪掛祭はかつて、16歳になる生娘を生贄として捧げていたそうです。
      戦国時代にこれを哀れんだ日之影町中崎城の城主「甲斐宗摂」(かいそうせつ)の命により、イノシシを身代わりに供えるようになったと伝えられます。

      また似た「鬼八」の伝承が少し離れた阿蘇にも伝わっています。
      阿蘇で鬼八を退治したのは、阿蘇神社の祭神「健磐龍命」(たけいわたつのみこと)となっています。
      ここでも鬼八はバラバラにされますが、その首が呪って霜を降らすので、その霊を鎮めるため「火焚き神事」が執り行われています。
      この祭りでは鬼八の御神体を温めるため、59日間火を焚き続けるのですが、この役を勤めるのが13歳以下の乙女であり、神事の間は火たき殿から一歩も外に出ることは許されなかったのだそうです。

      この鬼八の子孫と云われている一族がいます。
      興梠(こうろぎ)氏です。
      高千穂地区には、この興梠姓の方が、割合多くいらっしゃいます。
      鬼八の里は「アララギ」と呼ばれていたそうで、アララギもこうろぎも、「カムロギ」というイザナギ・イザナミ神よりも古い神に由来するのだと云うことです。
      「鬼」は古来、まつろわぬ民に対して呼ばれる蔑称です。
      そして「八」は出雲族の聖なる数字です。
      宗像氏はじめ、九州にも出雲族は勢力を持っていましたから、「鬼八・カムロギ」族は古い出雲族だったのではないか、というのが僕の考えです。

      ところで高千穂の三毛入野は物部族ですが、阿蘇の健磐龍は諏訪にも深いつながりがある神です。
      健磐龍の息子の一人「速瓶玉」が阿蘇氏の祖となり、もう一人の息子「建稲背命」(タケイナセ)が諏訪大社下社の大祝・金刺氏の祖となったと云うことです。
      健磐龍の祖・神八井耳は海家と出雲家の血を受け継ぐ一族で、茨城の多氏の祖でもあります。
      多氏は茨城の鹿島神宮の本来の社家だったという話もある、謎多い一族です。
      鹿島神宮と高千穂神社はレイラインの東西端にあり、鹿島神宮の「要石」とよく似た「鎮石」というのが高千穂神社にあります。
      話がどんどん広がってしまいましたが、金刺氏は「多」一族が関東から諏訪入りして、タケミナカタの子孫と血縁を結び、下社の地で権力を得たものと考えています。

      話が支離滅裂になってきましたが、関東ー諏訪ー九州と秦族の血が繋がるということは、やはり守矢家はモーリヤに繋がるのかもしれません。

      いいね: 1人

  3. 8まん より:

    度々有難うございます。はい。「土師」の宮です。「ハシ」は時代のうつろいでしかも「ハ」が「ワ」に。
    それにしてもやっぱり凄い考察です。

    そうなると茨城の静神社(しずじんじゃ)にも是非お出でください。御祭神はタケハズチ様です。この神社はミカボシカガセオ討伐に陣を設けた場所。あそこの神職さんも、かなり古い時代のロマンを持っていて独自の考え方持っていますよ。水戸光國さんが好きなんで八幡信仰に対して、ちょっと偏ってしまった感がありますが。

    また、渋谷のマンション内の一画に金吾竜神社。こちらは東北で被災した神社を再建するためにこちらに来られたそうなんですが、アラハバキ様も祀られています。こちらも神職さんがおられれば、大変参考になるお話を頂けます。
    古きを訪ね新しきを知る。
    令和に新しい書記を編纂して欲しい今日この頃。これからの記事も楽しみにしてます。
    では、失礼致します。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      最初のコメントの話になりますが、また長文で失礼します。
      「守矢とモーリヤ」、面白い観点です。
      日ユ同祖論についても富家の伝承に答えがありました。

      古い神社に稀に記されている六芒星、これに関わっているのが「秦氏」と呼ばれる謎の氏族だと云われています。
      「秦」をなぜ「ハタ」と呼ばせるかというと、彼らが機織の技術を伝えたからと云われていますが、機織りの神「武葉槌」も秦氏です。
      秦氏はどこから来たのか、というと、字の通り「秦国」からです。
      秦の始皇帝の秦です。
      しかし彼らは真の秦国民ではありません。
      秦に滅ぼされた「斉」の国民です。

      大国主・事代主の時代に、始皇帝の命で出雲にやってきた人物「徐福」は斉出身でした。
      彼は同郷の民を2000人連れて出雲にやってきます。
      その中にホヒ・ヒナドリ親子もいました。
      彼らは丹波に移住し、海家・海部家となり、今では丹後の籠神社の社家となっています。
      武葉槌、および甕星は海家の血筋だと思われます。

      次に徐福は一度母国に戻り、また同郷の3000人を引き連れて、今度は九州の佐賀にやってきます。
      彼らは物部氏となりました。

      斉の人たちは、他の支那人と違い、失われた十氏族の末裔だという話です。
      彼らの多くは始皇帝によって殺され、生き残りのほどんどが日本に移住したことになりますので、他のアジア人には無い特有のDNAを日本人が持っていることの説明になると思います。
      九州の高千穂や籠神社などで「真名井」という名の聖地がありますが、真名井とは「マナ」のことです。

      この時代において、すでに秦国では立派な構造船を持っていました。
      しかしそれでも玄海の海は荒く、皆が目的地にたどり着けた訳ではなかったようです。
      出雲に向かうはずだった一派のうち、はぐれたグループが東に流され、越国(新潟)辺りにたどり着き、長野盆地まで至ったのがモーリヤ族だったという考察が思い浮かびます。
      出雲族は温厚で農耕民族でしたが、守屋の祭祀は明らかに狩猟民族のそれです。
      支那国は狩猟民族圏です。
      が、ミシャグチの奇祭は、他の秦氏の祭祀と比べると原始的ですので、彼らと関係のない、出雲族らよりも古い原住民族なのかもしれません。

      徐福は出雲で「ホアカリ」と名乗り、佐賀で「ニギハヤヒ」と名乗り、記紀に「スサノオ」と記されています。
      我々今の日本人は、インドのドラヴィダ族が元である出雲族と、斉の末裔である海族・物部族、半島の辰韓から渡来した但馬族、それと出雲族よりも古くから日本にいたという親魏和王卑弥呼の都・宇佐族が複雑に混ざり合って成り立っているということのようです。

      いいね

    2. 蜜月稀葵 より:

      CHIROCOさま
      こんばんは。

      8まんさま
      はじめまして。

      割り込みましてすみません。
      お二方のやりとりをテンション高く拝読させて頂いております。

      御礼を申し上げたくて記しました。
      昨日、金吾龍神社にお参りをさせて頂きました。ずしっと響くものがありました。教えて頂きとってもとっても感謝しております。ありがとうございました。
      私は踊りを踊るのですが、来年に奉納させて頂こうと予定しております。
      ご縁をいただき本当にありがとうございました。

      また、受付におられた方にどこで知ったかを聞かれまして、貴ブログとお二方のやりとりのページを伝えました。勝手に伝えてしまったのですが、大丈夫だったでしょうか。。事後報告すみません。良くないようでしたらお知らせ下さいませ。先方にそのように伝えます。

      お二方のやりとりをこれからも楽しみにしております。

      この度のこのご縁、心より感謝申し上げます。

      いいね: 1人

      1. CHIRICO より:

        蜜月稀葵さん、こんばんは。
        僕らのやりとりが、新たなご縁に結びついたのなら、嬉しいことです。
        金吾龍神社については、このブログにご来訪いただいている方に教えていただき、渋谷の神社はもちろん、本家の小樽にある神社も訪ねてみたいと思っています。

        僕のブログを神社の方にお伝えいただくのは構わないのですが、中には社伝を無視した、不躾な内容を記載している部分もあります。
        真の古代史を知りたいばかりに、今ある信仰を傷つけてしまうのは僕の望むところではありませんので、その辺りはご配慮いただけると幸いです。
        全ての神社のご神職の方、氏子の皆様には、連綿と続く祈りの聖地をお守りいただき、感謝の気持ちしかありません。

        いいね: 1人

        1. 蜜月稀葵 より:

          こんばんは。

          ありがとうございます!
          私も本家にも伺おうと思っております。

          はい。承知致しました。
          CHIRICOさんのコメントを拝見し、その通りだなと思います。
          今ある姿を守って下さっている事が奇跡的で感謝しかありません。この気持ちを忘れずにこれからもお参りをさせて頂こうと思います。

          いいね: 2人

  4. 8まん より:

    ども。この記事が本になるなら是非手に入れたい。(笑)
    さて、面白いかどうかは分かりませんが、茨城は下妻に、宗任神社があります。祭神は阿部宗任。四男坊に鳥海三郎がおりまして、大和政権にこの一族は敗れ、鳥海三郎は大和政権に下り文官に。んで、気付いたんですが鳥海山大物忌神社の鳥海は偶然?大物は王様。忌は忌部一族。??となりました。関の東も正しい歴史を知る上では未開です。

    また、埼玉の鷲宮神社は祭神がアマノヒワシノミコトではなく、大国主を祀ったアメノホヒとタケヒナトリ。酉の市で有名ではあるのにここだけこの二柱。不思議ですね。まあ、元は「ハジの宮」だったのが「ハシの宮」で「ワシの宮」になった駄洒落みたいなお話なんですが・・・。
    それと、埼玉古墳群の前には前玉神社があるのですが大国主の子孫であると言われる前玉比女が祀られています。
    埼玉古墳群は雄略天皇の頃にはここまで政権が届いていた証拠になる遺跡ですが遣わされたヲワケの子孫が武蔵国造?に?不確かでスミマセン。まあそんな感じで関の東にも敗れて散った誰かが沢山いて歴史に葬られてしまってる神様も多くいるのではと。どうか日の当たる場所に導いて頂けると幸いです。奇魂、守り給い、幸い給え。(笑)

    いいね: 2人

    1. CHIRICO より:

      本当にすごい情報ありがとうございます。
      関東も随分回ったつもりですが、まだまだ深いですね。
      関東は情報が十分ではないので、まだこれから検証の余地があるのですが、富王家が伝える所では、まず出雲族が移住し、大和で敗れた大彦(ナガスネヒコ)の一族が移住したと記されています。
      アメノホヒとタケヒナトリは大国主・八千戈王と事代主・八重波津身副王をそれぞれ別の孤島洞窟に幽閉し、枯死させた張本人だそうです。
      彼らが関東で大国主を祀ることはあり得ないでしょうから、子孫が大国主の祟りを畏れて祀ったということかもしれません。
      が、一度当地を訪れて、考察してみたいですね。
      教えていただいた場所は、さっそく僕のマイマップにマーキングさせていただきました。
      年内は厳しいですが、来年早々にでも訪ねてみたいです!

      いいね: 1人

    2. CHIRICO より:

      追加ですみません。
      今、鷲宮神社のウィキを見て驚きました。
      鷲宮神社は「端の宮」ではなく「土師の宮」ですよ。
      土師氏は野見宿禰の末裔で、どっぷり出雲族です。
      出雲王国は17代で終わりましたが、野見宿禰は本来、18代大名持となるはずだった「富大田彦」のことです。
      彼の子孫が埼玉に移り、祖神を祀ったと思われます。
      つまり鷲宮神社で祀られる「大己貴」とは「大名持・富大田彦」がその正体と思われます。
      記紀編纂の時、藤原不比等は全国の神社に対して、記紀に沿うよう祭神を変更するよう、徹底して圧力を加えたと云います。
      その過程で出雲の穂日家の意向を随分汲んだようなので、祭神が書き加えられたのかもしれません。

      また宗任神社に関わる阿部氏は「中曽大根彦」(ナガスネヒコ)、つまり大彦の子孫だと思われます。
      大彦は東方へ敗走する時、敢国(あへくに)に縁があったことから阿部を名乗ります。
      彼は大和王国の皇子で、次期大王の最有力者でしたが、東征してきた物部族を嫌い、その戦いで敗れてしまいます。
      大彦は自分が出雲族の血を引いていることに誇りを持ち、「富」姓を名乗った時期もありました。
      トミノナガスネヒコの名で彼を祀る神社があるのが、その証拠となります。
      東国に敗走した大彦の一族は、関東から東北にかけて、クナ王国(狗奴国)を築きます。
      このクナとは、出雲族の大祖神「クナト王」のクナです。
      彼らは後の大和王国からエミシと呼ばれるようになります。

      また大物とは大物主のことだと思われ、奈良の三輪山に祀られる大物主とは、事代主のことになります。
      つまり鳥海山にも事代主が祀られてきたということなのだろうと思われます。
      事代主殺害事件の後、大名持となった彼の息子に「鳥鳴海」(トリナルミ)がいます。
      鳥海山は彼から名付けられたのではないかと思います。
      阿部宗任の四男は、逆に出雲に敬愛を示して鳥海と名乗ったのではないでしょうか。
      忌部氏は出雲の玉造に拠点を持つ一族です。
      出雲王家の親戚で、勾玉造りからやがて宮中祭祀を携わるようになっていった一族です。
      が、奈良時代、大伴氏らにその地位を奪われ、衰退していきました。

      東国は蝦夷と呼ばれ、度々制圧の対象となっていきました。
      その中で散った花は数知れずあったのだろうと思います。

      いいね: 1人

  5. 8まん より:

    大変興味深く良い考察。私も神社を巡り、一ノ宮を巡り、古社を巡り・・・記紀に首を傾げました。
    んで、ミシャグチの奇祭についてだけ一言。イスラエルとイサク・・・失われた・・・辺りで面白い記述を拾えますよ。守矢とモーリヤ。
    また、妙見信仰ある千葉、茨城。大甕神社もなかなか面白いですよ。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      こんにちは、8まん様。
      ようこそお越しくださいました。
      貴重な情報ありがとうございます。
      ミシャグチ神については情報が少なく、僕も考察しきれていない所です。
      大甕神社は行きましたが、面白い神社ですね。
      伯耆国の倭文神社との関連で考えてみると、より深みを感じます。

      天地開闢をはじめとする記紀神話は、我々の国史であって良いと僕は思っていますが、しかしながら先祖崇拝を大切にする大和民族として、その真の生い立ちを探求することは、特に今の混沌としてきた時代にあって重要なことではないかと感じています。
      8まん様、面白い情報などございましたら、これからも教えていただけると嬉しいです!

      いいね: 1人

  6. 蜜月稀葵 より:

    こんばんは!

    また一枚目の写真をブログ等で使わせて頂きたいです。大丈夫でしょうか?

    『新魏和王の都』から読み進めています。とても難しく、いままで読んできた色々な物を頭の引き出しから出して、総動員で読んでいます。

    読むのは大変なのですが、つい最近の出来事を読んでるようでとても不思議な気持ちがしています。

    新しい八咫烏の記事もありがとうございます。
    本当に記事が凄すぎです。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      こんにちは。
      ありがとうございます、写真、どうぞご使用ください。

      最初は神話が暴かれてしまうことに、夢もロマンも失われるのかと危惧しましたが、実際の話は神話よりもさらにエキゾチックで、深い内容でした。

      大元出版の本は、とても一回読んだだけでは理解できないので、僕も最低2回は読み直しています。
      でも書かれている人たちが本当に生き生きとしていて、まるで自分もその時代に生きている気がしてきますね。
      現地を歩くと、その思いはさらに強くなりますよ。

      いいね

    2. 蜜月稀葵 より:

      こんにちは!

      ありがとうございます!
      使わせて頂きます!

      神話よりもエキゾチックですか!
      血が騒ぎます。
      私は古代の祈りや踊りの発生が掴みたいなと思っています。
      花を死者にたむけた一番最初の方に興味があります。

      Chiricoさんでもそうですかっ!
      私はページを行ったり来たりしながらでなかなか進めませんーっ!
      大変ですがとても充実しています!

      私も少しずつ現地に歩きたいて思います!

      いいね: 1人

  7. 蜜月稀葵 より:

    こちらからも失礼致します!

    大元出版様の書籍を購入いたしました!
    ご紹介頂き深く感謝致します。

    ブログの内容や速度に驚愕しております。私も改めて学びなおして参ります。
    これからも学ばせて下さいませ!

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      ようこそ、日本古代史の深淵へ(笑)
      日本神話の知識が一通りないと難しい内容ですが、知りたかったこと、矛盾や疑問を感じていたことがリアルに記されています。
      もちろん、その全てが真実だという保証はないのですが、僕が各地を歩いている限りにおいて矛盾はないように思います。
      一番よくまとまって書かれているのは「親魏和王の都」です。
      こちらから読み進めて、3部作を読まれるとより理解しやすいかと。
      まあ、僕もかなり衝撃を受けました(笑)

      いいね

    2. 蜜月稀葵 より:

      こんばんは!

      お返事ありがとうございます!
      日本古代史の深淵にはいる事をやっと許されたようです!

      CHIRICOさまが各地を歩かれ府に落とされていらっしゃる。ますます興味深く、ワクワク致します。
      まずは「親魏和王の都」からですね!「出雲王国とヤマト政権」から始めてしまうところでした。
      ナビをして頂けるなんて本当にありがいです。全ての書籍に釘付けでしたので、もし一人でしたら間違いなく迷っていました。
      ありがとうございます!

      いいね: 1人

      1. CHIRICO より:

        もちろん「出雲王国とヤマト政権」からでもOKですよ!

        いいね

        1. 蜜月稀葵 より:

          ありがとうございます!

          いいね

  8. iiduka39 より:

    始めまして。「いーづか39」と申します!この度は当ブログをフォローして頂きまして本当にありがとうございましたm(__)m
    早速、偲フ花様のブログを拝読させていただきました。とても勉強になりました。
    これからも勉強させて頂きますのでどうぞ、よろしくお願いいたします!

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      こんにちは、いーづか39様。
      こちらもフォローいただきありがとうございます。
      書体のデザインとは、また難しい試みをなさっておられますね。
      しかし日本の文字というのは、それ自体に意味を含んでいるので、きっと楽しいお仕事でしょう。
      私のブログは少々マニアックですので、興味がある項目はご参考に、そうでないところは写真でも眺めていただければ幸いです。
      こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!

      いいね: 1人

  9. boosdiet より:

    Great photo

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      Thank you!

      いいね

  10. 創生塾 より:

    何度も申し訳ありません。
    大元出版様から「出雲と蘇我王国」も購入可能なのですね??
    早速、明日問い合わせしたいと思います。
    ありがとうございます。

    いいね: 2人

    1. CHIRICO より:

      はい、今なら購入できるはずです。

      いいね

  11. asesorlegal 999 より:

    ありがとうございます。
    「旅と神社巡り」…。
    羨ましい限りです。
    「我が国に神道あり」世界に誇れる我が国日本だけのものであり、大和民族のアイデンティティの源であると思います。
    私の知識など然程のものではありませんし、偲フ花様から教えを請うことの方が遥かに多いと思われますが、本当にこの出会いに感謝し精進して参りますので宜しくお願い致します。

    いいね: 3人

  12. asesorlegal 999 より:

    想フ話様
    始めの記事から勉強させて頂いております。
    大変良い記事をありがとうございます。

    いいね: 2人

    1. CHIRICO より:

      ASESORLEGAL 999様、ようこそお越しくださいました。
      私も、フォローを頂いてから、「創生塾」拝見させていただいてます。
      先日の「昭和天皇の玉音放送の本当の意味」、知ることができて良かったです。
      身贔屓ではなく、古来日本人とは稀で特異な種族であると思います。
      勤勉で温和で誇り高い、今は失われつつありますが、ここにきて私たちはそうした日本人としてのアイデンティティを改めて見直す時期に来ているのではないでしょうか。

      このタイミングで大元出版の書籍類、また創生塾さんのサイトを知り得たことは、かけがえのない財産です。
      どうぞこれからも、よろしくお願いします!

      いいね: 2人

      1. 創生塾 より:

        想フ花様
        早速のお返事誠に恐縮です。
        私の方こそ想フ花様と価値観を共有する事が出来まして幸運に存じます。
        始めの記事から拝読させて頂いており勉強させて頂いております。
        想フ花様のご見識の高さに驚嘆致している次第です。
        ブログに関しましては始めたばかりの素人です。過去の記事は某法人にて私が担当して書いて来たものでお恥ずかしい限りです。
        これからもどうぞ宜しくお願い致します。

        いいね: 2人

        1. CHIRICO より:

          お褒めの言葉もいただき、こちらこそ恐縮です。
          私はしがない美容師でして、旅好き・神社好きが高じてこのようなブログになっています。
          そんなに堅苦しいところではありませんので、どうぞ気さくに、コメントください。
          私も創生塾さんでいろいろ尋ねることもあると思いますが、ご迷惑でなければ幸いです。

          いいね: 2人

          1. 創生s より:

            偲フ花様
            お名前の入力ミスを致しておりまして大変申し訳ございませんでした。
            白内障の手術をしたばかりで、言い訳となってしまいますが、どうかお許しください。

            いいね: 2人

          2. CHIRICO より:

            いえいえ、めんどくさい文字を使ってますので、お気になさらず。
            しかし白内障の手術をなされたということは、これからくっきりクリアな視界が戻りますので楽しみですね。
            まだあまり、目を酷使なさらないよう、ご自愛ください。

            いいね: 2人

          3. 創生塾 より:

            御心配ありがとうございます。
            偲フ花様の記事を夢中で読んでおります。
            勉強不足でお恥ずかしい限りですが、解らない点等ありましたら不躾ながら質問させて下さい。
            宜しくお願い致します。

            いいね: 2人

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください