轟氏再考:八雲ニ散ル花 圏外

投稿日:

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今から約半世紀前、大戦後の悲惨さから立ち上がり、オリンピック景気を皮切りに高度経済成長期を突き進む日本。
その日本の西の地にある一人の男が爆誕した。

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おぎゃあと生まれたその男こそがTHE CHIRICO。
僕なのである☆

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当記事の主役はもちろん僕である。
のだが、我が母、改めておそろしいことだが、極めて美人である。

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当時はまだ美容師の駆け出しだった母は、僕を父の実家に預け、ひたすらに働いたのだという。

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なので僕は、3歳の頃まで父親の実家がある太宰府で暮らした。
父の兄嫁である、とても気の良いおばさんが息子同然に手をかけてくださった、その恩を僕が忘れることはない。

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僕の初恋は、この家のいとこのお姉ちゃんだった。

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母は仕事が休みになると僕に会いに父の実家へやってきて、休みが終わると仕事に戻っていった。
その時はいつもあふれんばかりに涙を流していたというが、僕は大好きなお姉ちゃんとウハウハな日々を送っていたのだ。

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僕の淡い恋心は6歳ごろまで続くことになるが、人妻になった今も彼女のその魅力は変わらない。
幸せでいてほしいと願っている。

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僕の親父は刑事だった。

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当時の人では珍しく、身長も180cmあり、なんとなくカッコよく見えたのだろう。
美人の嫁さんをゲットすることに成功。
嫁さん、ゲットだぜ。

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「髪結いの亭主」という言葉があるように、当時は母の稼ぎだけでも暮らしていけた。

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故に親父は仕事こそ勤労であったが、浪費の癖があった。

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結果、甘い生活は20年と保たず、今は別々の人生を歩んでいる。
しかし僕をこよなく愛してくれたことに、二人の差はない。

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念願の美容室付きマイホームを手に入れてからは、母の人生は、僕という宝物と常にあって幸せだった。
母は美人で美容師だったので、ファッションセンスもイケていた。

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それはきっと令和になった今の時代でも通用するのではないかと思える。
ミニスカ姿の母に可愛いと思える息子は、僕くらいではないか。

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僕も相当、極めてかわいい男の子だったのだが、

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そんな僕も彼女を引き立てるアクセサリーの一つなのではないか、とさえ思えてくる。

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無料お試しキットが自慢の某化粧品メーカーが、商品を使っていないにも関わらず、使っているテイでコマーシャルに出てくれと依頼があったこともある。
60歳前のことだったか。

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おそろしいことだが、母は大したスキンケアをやっているわけでもない。
だが70歳を過ぎた今も、美人っぷりは健在だ。
いわゆるTV的な頑張っている系美魔女でもなく、コラーゲン食で一発当てた女社長風でもなく、献身的でよく喋る、素朴で自然な体の美人だ。

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小学校の父兄参観で母が店を抜け出しやってきた時は、クラス中がざわめいた。
それが僕の優越感だった。

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最近は絡みがちょっとうざいので、決して口にすることはないのだが、それでも今も自慢の母であることに変わりはない。

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そういえば、僕には弟がいる。
弟である。
別にそっち系の人ではなく、母の趣味である。
どうしても女の子が欲しかった母の生贄になった弟である。
今ではモデル事務所をやっている、りっぱなおっさんである。

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ところで本題だが、

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改めて確認すると、僕も相当に、極めて可愛かったのである。

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お隣のおばちゃんにも随分可愛がってもらったし、

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太宰府でも可愛がってもらったし。

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僕は太宰府にゆかりを持つのだが、

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血筋を遠く、遥か遠くに遡れば、出雲にたどり着く。
そう信じることにしているのである。

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だから神社や聖域を遊び場にして、時にはバチあたりなこともしてきたが、許してもらえるのである。

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父も母も別れ別れにはなったが、きちんとサイノカミの宝を世に生み出した。

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マサカっ、そんなバカなっ、と気が付けばオッサンとなった自分から、さすがに目を反らせなくなってきた今日この頃ではあるが、母の若さと父の長身を受け継ぎ、美しさと幸にあふれた日本の今に生きている。
まだまだ上を向いて生きている。

「生きているだけでまるもうけ」

全くその通り。

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極めて、清々なのである。

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10件のコメント 追加

  1. Rumikoの日記 より:

    凄い美人のお母様!素敵です。とても愛されて居た様子が写真から伺えます。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      こんにちは。
      僕は祖父から、すんごいイジメを受けてきまして、それでもひん曲がらず真っ直ぐ育ってきたのは、父母の愛があったからだと思っています。
      まあ、ちょっとだけひん曲がっているんですが。
      父性は山より高く母性は海より深し。
      古いアルバムを整理していて、改めて実感しております。

      いいね: 1人

      1. Rumikoの日記 より:

        私の母も、心から私を愛してくれました。父親は、私が産まれた12月21日の翌年1月9日に、仕事中高い足場から転落死しました。父親の愛情知らずに現在に至っています。父親の愛情を知っているって、当たり前だと思っていらっしゃるかもですが、心から羨ましい限りです。当たり前の事が、当たり前で無くなる事は辛い事です。普通の生活が出来るのが1番ですよね。

        いいね: 1人

        1. CHIRICO より:

          それは誠にお気の毒でした。
          お父様も、我が子と幸せな日々を送りたかったことでしょう。
          少なくとも、Rumikoさんが大人になるまでは、そばで見守っていらっしゃったことと思います。
          僕がお父様の立場なら、そうします。

          本文で軽く触れていますが、僕の場合、弟を可愛がる祖父から、今でいう虐待のような仕打ちを日々受けて育ちました。
          長男で可愛かったのもあるでしょうが、祖父の虐待があったからこそ、父母の愛情をより一層、幼いながらに理解することができました。
          何を持って当たり前で普通であるかを測るのか、難しいとこですが、母子ともに祖父から殴られた大きな青あざを顔につけて参加した父兄参観も、今の僕にとっては幸せな思い出です。

          いいね: 1人

          1. Rumikoの日記 より:

            おはようございます!朝早いのですね。お疲れさまです。私は義理の父に虐待を受けていました。言葉の暴力も。私が言う普通とは、当たり前とは、両親が居ると言う普通の暮らしです。居るだけで良いんですよね。

            いいね: 1人

      2. Rumikoの日記 より:

        アルバムとても素敵でした。父の遺影は殆どなく、私と母を撮影位していたのだな〜。と思いました。

        いいね: 1人

  2. 匿名 より:

    美しい母上の存在さえも消し去る、うはうはは日々・・・・大爆笑です。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      そして男子は大人になってゆくのです(笑)

      いいね

  3. dalichoko より:

    昭和ですね~
    ファッションもまたいいですね。(=^・^=)

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      パンタロンなんか、逆に新しいですよね(笑)

      いいね

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