上色見熊野座神社:八雲ニ散ル花 アララギ遺文篇 12

投稿日:

b040072-2020-09-10-17-23-1.jpeg

幽玄という言葉しか思い浮かびません。
熊本県高森町上色見にある「上色見熊野座神社」(かみしきみくまのいますじんじゃ)は訪れる人を、霊界へと誘う神社です。

b040060e381aee382b3e38392e3829ae383bc-2020-09-10-17-23-1.jpg

上色見熊野座神社は阿蘇山の東側、265号線のカーブ沿いにあり、つい通り過ぎてしまいそうになります。

5090057-2020-09-10-17-23.jpeg

上色見熊野座神社を訪れるには、晴れの日も気持ち良いですが、
勇気があるなら朝霧深い早朝か小雨降るくらいの頃が一層味わい楽しめます。

5090059-2020-09-10-17-23-1.jpeg

狛犬も素朴で愛らしい。

5090061-2020-09-10-17-23-1.jpeg

鳥居をくぐると、鬱蒼とした杜に延々と続く階段に息が漏れます。

5090087-2020-09-10-17-23-1.jpeg

その景色の美しさは身震いするほど。

5090078-2020-09-10-17-23.jpeg

ここは「夏目友人帳」の作者、「緑川ゆき」さんの短編作品「蛍火の杜」の舞台となったところ。
あやかしと少女の淡い出逢いと別れを綴った、あたたかくも切ない物語です。

5090074-2020-09-10-17-23-1.jpeg

c1d-2020-09-10-17-23-1.jpg

b040064-2020-09-10-17-23-1.jpeg

晴れの日でも参道は薄暗いのですが、差し込む陽光が心をほぐしてくれます。

b040069-2020-09-10-17-23.jpeg

参道にひときわ目立つ石があります。
「鬼八」が「穿戸岩」(ほげといわ)を蹴破った時に飛んできたとされる石です。

b040073-2020-09-10-17-23.jpeg

当社祭神は「伊邪那岐命」(いざなぎのみこと)「伊邪那美命」(いざなみのみこと)。

b040074-2020-09-10-17-23-1.jpeg

神紋は「違い梛」(ちがいなぎ)。
「梛」(なぎ)は紀伊半島に多く自生し、「熊野三山」における御神木です。
魔除けの力があり、「縁が切れない」とその葉をお守りにしていたと云います。

1__40__b040078-2020-09-10-17-23-1.jpeg

本殿の裏から神々しい光が差し込んでいます。

b040079-2020-09-10-17-23-1.jpeg

これが「鬼八」(きはち)が蹴破った「穿戸岩」。
しかし赤く陽光が差し込むその姿は、天の岩戸そのもの。
此処こそがそのモデルであったのではないかとさえ思えます。

b040086-2020-09-10-17-23-1.jpeg

高千穂から阿蘇にかけて分布する興梠姓の先祖、アララギ族が出雲族の血を引いていたなら、此処を聖地としないはずがありません。

b040081-2020-09-10-17-23-1.jpeg

ところで蹴破りといえば阿蘇はかつて広大なカルデラ湖であり、これを健磐龍が蹴破って水を流し、里を開拓したという「蹴破り神話」があります。
それとよく似た蹴破り神話が長野安曇野に「龍の子太郎」伝説として伝えられていました。

また同じ長野の諏訪盆地も、かつてはほぼ埋まるくらいに諏訪湖の水位が高かったと云います。

b040085-2020-09-10-17-23-1.jpeg

他にも遺体を3つに切り分け埋葬されたという鬼八に似た伝承が安曇野に「魏石鬼八面大王」として伝わっています。
国譲り神話でタケミカヅチに東の諏訪に追いやられたのがタケミナカタ、石見神楽でタケミカヅチに西のアララギに追いやられたのが鬼八。
紅葉鬼姫と鵜の目姫、両県に存在する鬼の釜古墳、長野県小郡部に安宗(阿蘇)という郷名があり熊本県天草市に諏訪町がある。
温泉地であり同じ馬刺しを食べる風習もあり、とにかく共通する項目がやたら多いのです。
それはもう、まるで二重世界が両県で結ばれているかのごとく。

b040088-2020-09-10-17-23-1.jpeg

さらに阿蘇の開拓神「健磐龍」(たけいわたつ)は「武五百健」(たけいおたつ)の名で科野国造に任じられているとあります。
これを不思議に思った僕は、あらためて系図を見直してみました。

e5908de7a7b0e69caae8a8ade5ae9a-1-2020-09-10-17-23-2.jpg

健磐龍の系図を遡っていくと2代沼川耳(綏靖帝)の兄弟「神八井耳」の子孫で多氏の「敷桁彦」の子となっています。
つまり健磐龍の本拠地は畿内の河内国だったようです。
この時点で健磐龍と諏訪の繋がりはありません。
ただ、彼が妻に迎えたという阿蘇津姫は、タケミナカタの子孫「会知速比売」である可能性が見えてきました。

b040091-2020-09-10-17-23-1.jpeg

阿蘇の伝承では神八井耳命の兄に彦八井がおり、その娘が阿蘇津姫であるとなっています。
しかしこの彦八井耳は古事記にその名が少し見られるだけで日本書紀には全く記載がなく、架空の存在である可能性が高いと睨みます。
諏訪の家系図では、タケミナカタの息子「出速雄 」と洩矢族の「多満留姫」の間に生まれた「箭津安賀多」がいます。
彼の子孫とに「会知早雄」がおり、その娘・会知速比売が武五百健の后になったと伝えられているのです。

b040102-2020-09-10-17-23-1.jpeg

健磐龍と阿蘇津姫(会知速比売)の間には「速瓶玉」と「建稲背」がおり、速瓶玉が崇神天皇の御代に阿蘇国造に任命され、その子孫が阿蘇氏であるとしています。
また同じ頃に、建稲背が科野国造に任命され、下社の大祝・金刺氏の祖となったと伝えられます。

b040096-2020-09-10-17-23-1.jpeg

健磐龍が実際に阿蘇や信濃に来て統治したかは定かではありませんが、彼の息子・速瓶玉は間違いなく阿蘇・高千穂に来ており、彼が大和の王子だと吹聴したのも納得がいくものです。

b040107-2020-09-10-17-23-1.jpeg

穿戸岩まで来てみれば、その先は断崖絶壁になっており、眼下には緑眩しい森が広がっていました。

b040110-2020-09-10-17-23-1.jpeg

帰り道、鬼八が蹴り飛ばしたという岩を改めて見て見ると、蛇のような形が浮き出てており、その姿は今はもう、ただただ静かに眠っているように見えたのでした。

5090075-2020-09-10-17-23-1.jpeg

2件のコメント 追加

  1. momoji より:

    画像からも、
    神さびた清らかな森の空気が
    漂ってくるようです(о´∀`о)

    人の手と自然がこんなにも
    調和できるものなのですね…

    キュートな狛犬さんツボでした(笑)

    「龍の子太郎」伝説、気になって
    昔調べていたことがあります。
    たくさんのパズルのピースが
    ひとつひとつ
    繋がっていくようです(*´∀`)♪

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      こんにちは、momojiさん。
      阿蘇・高千穂と諏訪・安曇野の不思議な共通点、謎が深まります。
      どちらも火山の影響を受けた地形で自然も豊か。
      強いエネルギーを感じる場所です。

      いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください