坂田神明宮:斎王〜倭姫命世記を追う 12

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垂仁天皇八年、淡海国坂田宮に遷幸し、二年間奉斎
この時、坂田君等は、地口・御田を進った

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ヤマトタケルが命を落とすことになった伊吹山、そのお膝元、滋賀県米原市にある「千福神社」(せんぷくじんじゃ)を訪ねました。

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のどかな村社という趣。

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紅く彩られた参道が素敵でした。

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祭神は「天兒屋根命」「素盞鳴尊」「応神天皇」「菅原道実公」。

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垂仁天皇8年の時、ヤマトヒメは甲賀郡日雲宮より坂田宮に遷宮されたと云います。

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その際、姫は当地に暫く留まれた、または通ったと伝えられ、白鳳9年、社を建て三神を祀ったと由来されます。

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元仁元年の宇治川合戦の際、佐々木氏が社殿を修造し、武具を献じたと伝えられていました。

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滋賀の長浜市には4社ほどの「神明神社」が存在します。
朝日町(旧八幡町)の神明神社もそのひとつ。

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祭神は「天照大神」「豊受大神」で、当地はヤマトヒメが天照大神を奉斉した「坂田宮」の比定地のひとつとされています。

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昭和を感じさせる町並みの奥まった場所に鎮座。

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庶民の神社といった風情でした。

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滋賀県米原市宇賀野、元伊勢「坂田宮」の本命、「坂田神明宮」(さかたしんめいぐう)へやってきました。
参拝者駐車場のある一の鳥居から右に折れて、

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太鼓橋と二の鳥居がありますが、

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社殿に向かうにはここから更に迂回するように進まなくてはなりません。

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なぜなら鳥居の先には、

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なんと

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線路が横切っているからです。

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しかもまあまあな頻度で列車が走り抜けて行き、およそ厳かとは言い難い状況です。

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人間のご都合と言うものは、神をも畏れないのか。

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愚かな人の所行に呆れるように、社殿は参道からそっぽ向いています。

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ヤマトヒメが2年間奉斎したと伝わる坂田神明宮は、天照皇大神を祀る坂田宮(内宮)と豊受毘売命を祀る岡神社(外宮)の2社で構成されています。

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実際には「坂田宮」の跡地に命の徳を偲んで祀ったのが当社の起源であると社伝にはあります。

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また当地は伊勢神宮の御厨であった坂田御厨が置かれていたとも伝えられ、その起源はヤマトヒメが当地に滞在した時に献上された神田にあるとのこと。

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『倭姫命世記』がのちの創作であり、当地にヤマトヒメが滞在した事実が信憑性に欠けるとしても、それほどの由緒をもった神社、

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その境内を線路で平気で分断させてしまうとは、それを決行させた当時の責任者はろくなことにならないでしょうに恐れ入ります。

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境内の端に真名井池がありました。

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ヤマトヒメが使った井戸か坂田御厨の痕跡か、そこだけは優しい姫の御心が残されているように感じられました。

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