太宰府天満宮・くすの木千年

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「くすの木千年 さらに今年の若葉なり」

荻原 井泉水(おぎわら せいせんすい)は明治17年(1884年)6月16日、東京市芝区神明町で雑貨商・「新田屋」の次男として生まれました。
東京帝国大学文科大学言語学科卒業後、明治44年(1911年)に新傾向俳句機関誌「層雲」を主宰。
大正3年(1914年)に自由律俳句として層雲より創刊した初の句集『自然の扉』を刊行しました。
自由律俳句とは五七五の定型俳句に縛られない俳句のことで、季題にとらわれず、感情の自由な律動を表現することに重きが置かれます。

大正12年(1923年)に妻・桂子が死去し、翌年に母も死去。これをきっかけに京都の禅宗寺院東福寺の塔頭に寄寓、以降各地への遍歴の旅に出ることが多くなります。
昭和4年(1929年)芹沢寿子と再婚。
戦後も層雲の主宰として自由律俳壇を牽引し、昭和女子大学の教授も務めます。
昭和51年(1976年)5月20日、脳血栓のため鎌倉の自宅で死去。享年92(満91歳)でした。

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太宰府天満宮本殿裏手の境内一角に、人工の滝が設られた緑深い杜があります。

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そこに聳える大楠の袂に、彼の「くすの木千年」の石碑が置かれています。
千年も生きたであろう楠が今年も変わらず若葉萌え出ずるのは、古い葉が落ちるからなのだ。
古い葉はまだ木にとどまっていたいであろうに、しかし新しい命の芽生えのためにはらはらと散り行くのだ。
そうして命が命を紡いで、全体では大樹となるのである。

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本来は順を追って葉は散るもの。
しかし時には、何を間違えてか若き葉も先に逝ってしまいます。
それでも願わずにはいられません。さらなる先に、輝き、萌え出づる新芽があることを。

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命はどこへゆくのか。
E = mc2(エネルギー = 質量 × 光速度 の2乗)、アインシュタインの相対性理論によれば質量とエネルギーには等価性があり、光速で動く物質は厚みが無くなるのだと聞いたことがあります。
質量保存の法則が条件付きとはいえ成立しうるのなら、体を離れても命はどこかにあるのでは。
それは光の中にあるのではないだろうか。
今日も私たちの周りを降り注ぐ、光の中にその人の命はあるのだと。

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