若八幡神社:八雲ニ散ル花 土雲歌譚篇 06

投稿日:

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風が心地よい。
香春の三峰から吹き降ろす秋風は、稲穂を撫でて、我が屋敷の中まで通り抜ける。
屋敷の窓から見える空は、どこまでも青く、高く澄んでいた。
同族の長らの命と引き換えに、無様にも生き延びてしまった妾の余生は、皮肉にも穏やかである。
穏やかではあるが、これは偽りのもの。支配とはこのように、まこと静かに行われるのだ。
本来であれば、妾が周防の娑婆で、あの者らを迎え撃たねばならなかった。
恭順を選んだ妾の余生に、尊厳はない。

「姫様、宇佐へ奉納いたします鏡が出来上がりました。ご検閲ください」
「わかりました、ここへお持ちなさい」

広げられた布の中には、金色に輝く眩い銅鏡があった。
あの男は香春の銅山の管理を妾に命じ、採れた銅金のほとんどを彼の播磨の宮へ納めるよう強要した。
だがこの宇佐の御神体の分だけは免除されたのが幸いである。
しかし。

「もはや穢されたこの身で、豊玉の御霊を鏡に降ろす資格が妾にあろうか」
「今この時も、他の同胞の邑も根こそぎ凌辱を受けているといいます。姫様、生き残ったものの責務として、どうぞ比賣神の御霊を鏡に遷し、祭祀を後世にお残しください。さすればいずれ、子孫が我らが無念をはらしてくれましょう」

そう、それしか道はない。
香春の峰には豊玉比賣大神の御分霊を祀ってある。それを鏡に遷し宇佐に戻すという御霊の循環は、我ら豊族末裔の尊厳を保つ重要な祭事である。
我が子らを戦乱に巻き込みたくはないが、偉大な比賣神の血と祭祀を途絶えさせてはならぬ。
それが妾の残された、唯一の責務。

「あの子らをここへ」

しばらくして、少し成長した息子の夏羽が、幼き妹、夏姫の手をひいてやってきた。

「母さま、何かご用でしょうか」
「うむ、これから母はこの鏡の、大切な祭りを行います。それはお前たち二人が、この先絶やさぬよう続けねばならない祭りです。今日はしっかり母のすることをみているのですよ」
「はい」

夏姫はまだよくわかっていないだろうが、夏羽は子供ながら聡く育った。
愛い奴らじゃ。妾は大麻を振り、願わくばこの子らの未来に、欲に穢れた彼の支配が及ばぬようにと比賣大神に願い奉ったのだった。

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遠賀川水系の金辺川のほとり、福岡県田川市夏吉に「若八幡神社」は鎮座します。

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神功皇后の伝承を追っていたときにも参拝した当社、とてものどかで良い雰囲気です。

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入口の狛犬も陽気でユニーク。

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しかしここには残酷で悲しい歴史が刻まれていたのでした。

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周芳の娑婆(さば)地区に勢力を有していた神夏磯媛(かむなつそひめ)は日本書紀によれば、景行帝の使者が訪れると、賢木に八握剣、八咫鏡、八尺瓊をかけ、白旗を船に掲げて服従を誓ったと記されています。
そして四人の土雲族の首長「鼻垂」(はなたり)、「耳垂」(みみたり)「麻剝」(あさはぎ)「土折猪折」(つちおりいおり)が皇命には従わないと言っていると告げ口をし、彼らを討つための情報を漏らしました。

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しかし周芳の神夏磯媛の史跡を訪ねてみれば、彼女が偉大な土雲族の戸畔(とべ/女首長)であったことが分かります。
土雲族とは一般的には「土蜘蛛」と蔑称で書かれますが、彼らは邪馬台国・宇佐の豊王家の末裔たちです。
その偉大な戸畔が、容易に仲間を売ったとは考えにくいのです。

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彼女は景行帝の軍勢に、幸か不幸か殺されることなく、この香春岳の一帯を治めるべく言い渡されました。
幸か不幸かというのは、景行帝は恭順したものに自らの子種を宿らせ、その子を土地の統治者として育てるように仕向けたからです。

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香春での神夏磯媛の後継者は「夏羽」(なつは)と「田油津姫」(たぶらつひめ)の兄妹でした。
富家の伝承を元にした年代で考えると、彼らは神夏磯媛の子であると思われます。では父親は景行帝であったか。
しかし夏羽と田油津姫の二人は、後に大和政権に深い憎しみを抱き、戦を仕掛けています。
それは強欲に銅を徴収していく大和を快く思っていなかったとしても、実父の残した政権に向けられる類のものではなかったと感じるのです。

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若八幡神社の祭神は「神夏磯媛」に加え、「仁徳天皇」「応神天皇」「神功皇后」「小笠原忠眞命」(おがさわらただまさのみこと)となっています。
祭神は本来は「神夏磯姫」のみを祀っていたとされますが、後に夏羽たちの怨霊を鎮める為に八幡神が勧請されたと伝えられます。

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夏羽が香春の統治者となった頃、今度は大和から成務帝とその后・息長足姫(おきながたらしひめ)がやって来ます。
成務帝は景行帝の嫡子です。そして息長足姫がかの神功皇后となります。

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山門(やまと)女山(ぞやま)の戸畔となっていた田油津姫は、神功皇后の暗殺を企て失敗、皇后軍に取り囲まれて殺されてしまいます。
夏羽は妹を助けるため軍勢とともに山門へ向かいますが、途中で妹の敗戦を知り、そのまま香春の館に戻って籠城しました。

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追ってきた皇后軍は夏羽の館を焼き討ちにしました。
それ以来、この辺りを夏羽焼、夏焼(なつやき)と呼ばれるようになったのです。

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しかし香春では夏羽の怨念凄まじく、村民は作物が実らず困窮していました。
この夏羽の亡霊の祟りを鎮めるために宇佐神宮から八幡宮が勧請されましたが、後に平清盛が香春岳鬼ケ城の守護神として香春岳の中腹に祀った仁徳天皇(応神帝の若宮)が合祀され若八幡神社となりました。
さらに江戸時代になり小笠原藩祖忠真公がなおも困窮に喘ぐ村民を憐れみ、夏焼を「夏吉」(なつきち)と改称し祟りは収まったと言い伝えられます。

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そのような場所ではありますが、僕はこの若八幡神社に来るたびに、いつも優しいのどかな気持ちに包まれます。
ノスタルジックなその感じは、夏羽と田油津姫が幼かった頃の平和だったひとときの記憶ではないか、と感じてしまいます。

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田油津姫は「たぶらかす姫」と人心を惑わすツチグモであったという意味だそうですが、神夏磯媛にして夏羽ですから、妹の名前はたとえば田村夏姫とかそんな感じではなかったでしょうか。

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境内社は稲荷社のほかに天満宮と比叡社があります。

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若八幡神社の拝殿前には狛犬の代わりに狛牛が鎮座していますので、もともと天満宮ともゆかりの深い神社なのかもしれません。

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比叡社の方は最澄に関する伝承が、田川郡誌に残されていました。
「夏焼村は夏羽及び田油津姫の霊が崇りを成すので、最澄が香春宮参籠の折、八幡大神ニ座及び若宮を創造して神夏磯姫と合祀し奉り、六ヶ寺(慈光寺、竹林寺、恵光寺、当光寺、本台寺、安明寺)を置き、祭祀を司からしめたところ、怨霊が鎮まった」とのことです。

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当地に夏羽の祟りがあったのかどうかは分かりませんが、由緒ある血筋の夏羽・田油津姫を無惨に死なせた村民には深い悲しみと悔いがあったことでしょう。
現在の八幡神は夏羽たちを殺した敵ですが、本来の祭神は宇佐の豊玉姫です。
彼らの霊を心から弔うため、当地に豊玉姫の御霊を勧請したというのが真相ではないでしょうか。

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この日、裏参道があることに気がつきました。
少しだけ歩いて戻りましたが、この先にどうやら池があるらしいです。

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それはひょっとすると月鏡の池ではなかったか。
まあ、またいつか訪ねてみます。

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3件のコメント 追加

  1. Asif Balouch より:

    I enjoyed reading this and
    I appreciate your hard work!. I know You have an impressive grip on this topic!.
    💞

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  2. Nekonekoneko より:

    😨何でこんなド下手な写真…

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      ありがとうございます😄
      それはご褒美です♪

      いいね: 1人

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