小城:八雲ニ散ル花 土雲歌譚篇 28

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昔者、此村に土蜘蛛あり。小城を造って隠れ、皇命に從わず。日本武尊が巡幸のおり、皆ことごとく誅ひたまう。それでここを小城郡という

- 『肥前国風土記』

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佐賀の小城市といえば「小城ようかん」ですが、その老舗の前にある

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「須賀神社」

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その勇姿を見よ!ええ~。。。

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もうなんか、遠近感がおかしいでしょ、これ。

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「須賀神社」(すがじんじゃ)は、佐賀県小城市小城町松尾にある神社。
手前を流れるのは祇園川で、千葉氏の山城・千葉城(別名・牛頭城)が置かれていた小山(城山)に鎮座しています。

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古くは祇園社と称され、後に千葉胤貞が城山に城を構え、京都祇園社(現八坂神社)の分霊を勧請し神体の木像を納め、千葉氏の守護神としたとされます。

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須賀社と可愛い文字が彫られた扁額。

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この神門で参拝される方も多いです。

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が、一直線に続く、急峻な153段の石段をいざ登らん!

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段数こそ今の僕には驚くほどではありませんが、なにせ直角か!と突っ込みたくなる急勾配。
ビグザムのような肥前鳥居が僕を見下ろします。

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もうちょい!

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ひー、きつかった。

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拝殿の中を覗くと、見事な天井絵が描かれています。

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戦国期には龍造寺隆信が社地・社領を寄進し、1590年(天正18年)には鍋島直茂が神殿を修復、翌19年にはさらに拝殿を再建しましたが、1828年(文政11年)に火災により焼失しているそうです。

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1876年(明治9年)廃仏毀釈により社号が「祇園社」から「須賀社」に改称。

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当社は千葉氏が京都祇園社から勧請したと言いますが、それ以前にもスサノオは当地で祀られていたのではないか。

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そう思わせる伝承が『肥前国風土記』に記されています。

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風土記には、ここの土雲達が砦を築いて帝に従わなかったので、日本武尊が罰して滅ぼしたと書かれています。

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ヤマトタケル=オウスは九州に来ていませんので、これは物部族と土雲族の争いを書いているのだと推察します。

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本殿の両脇にある天満天神(手間天神)と猿田彦大神、これは出雲系の神になります。

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その横にさらに宝貴乃森稲荷大明神があり、

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稲荷神は物部系の神となります。

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摂社末社はこのように系統がごちゃ混ぜで祀られがちですが、この物部と出雲のサンドイッチ関係はこの場所であるゆえに気になるところです。

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さて、まつろわぬ土雲族がいたという小城には、三日月町という地名もあります。
三日月ですよ、奥さん♪

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さらに小城の先には両子山や鬼ノ鼻山といった土雲族伝承地がありますが、それはまた次の話で。

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先の須賀神社から車で山に向かうと、侘びた集落が見えてきます。

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ここは知る人ぞ知る恋料理店の密集地、いや鯉料理です。

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鯉料理は基本的にあらいと鯉こくになりますが、店舗によってその味は微妙に違っています。

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僕のおすすめは滝見屋さんと清水屋さん。
今回は清水屋さんにおじゃましました。

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鯉の塩辛というものがあったので、前菜にいただきます。
濃厚でまったりとしたお味♪

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そして来ました、あらいです。
一人前でこのボリューム!

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千切りのキャベツの上に、薄作りのコイさんが並んでいます。上にはかち割った氷。
コイの料理は、鯉も恋も、腕が悪いと生臭くなってしまうそうです。
その点、ここの板前さんは一流の恋師、僕のお口もフォーリンラブ。

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手作りの酢味噌に赤い柚子ごしょうを添えていただきます。

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たくさんあったあらいは、あっという間にぺろり。

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女将さんがあわててご飯と鯉こくを持ってきてくれました。
鯉こくは一人前でも大鍋でたっぷり出てきます。
鯉こくはどうしても生臭くなりがちですが、清水屋さんのものはとても飲みやすいです。
ちなみに鯉こくに鱗が入っていることがありますが、これは板前さんが手抜きをしたわけではありません。
鯉の鱗は食べれるんです。噛んでみると、程よいプチプチ感を楽しめます。

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さて、美味しい恋をいただいたら、お店の名前にもなっている「清水の滝」を見に行きましょう。

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そこは、「清水山見瀧寺宝地院」というお寺になっています。

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仁王さん、

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ちっす。

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緑深い参道を登ります。

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川の奥に爬虫類の頭のような岩、

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近づいてみると、観音様がいらっしゃいました。

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近くには鯉の供養塔がありました。
ごめんなさい、美味しかったです。

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当院は天台宗の寺院。

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由来記によると、 延暦22年(802年)桓武天皇の勅を奉じて聖命上人が開基した、国家鎮護の道場であったそうです。

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当時の境内は、現在地より山奥にあったとされ、1里ほど奥の東谷は清水山、西谷は金剛山と称したと云われています。

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開山は堯空上人で坊中300坊の道場でしたが、戦火によって焼失。

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その後、佐賀藩主・鍋島勝茂が、武運長久と国家安康を祈り、 寛永4年(1627年) 観世音菩薩を勧請し清水山を建立しました。

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最後の山門をくぐると、ついに本堂に到着です。

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小ぶりながらも豪奢な本堂。

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猿のような狛犬も年季たっぷりです。

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ところで昔、この村に土雲がいて小城を造って隠れていたと伝えられています。

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小城とはどこか。

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城ではないが、ここは隠れ住むには良い場所だと思いました。

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しかしそんな土雲族も、物部に皆ことごとく誅殺されてしまいます。

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無数に並ぶ石仏たちは、彼らの無念も浄土へと流してくれるのでしょうか。

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本殿の裏から、急な下りの階段を降りると、清水の滝に至ります。

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階段の途中、

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お堂があります。

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鏡山十一面堂でしょうか。

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そして

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いよいよ

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滝が見えてきました。

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三筋に分かれた滝の上部は那智の滝のようです。

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清水の滝は全国名水百選にも指定され、その美しい流れから「珠簾の滝」(たますだれのたき)とも呼ばれています。

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滝の脇には「節士倉永清雄之碑」がありますが、これは元文年間(1736-1740)に佐賀藩主の鍋島宗敬の大病平癒を祈願して、 厳寒の滝にうたれて凍死した倉永清雄を祀ったものだそうです。

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26歳の彼は、自分の藩主の病気治癒のため、数週間に渡る断食をした後、真冬の夜に滝行を行いました。

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多くの血を吸い取った小城の地は、今は鯉と恋を育む、清水の聖地となっていたのでした。

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2件のコメント 追加

  1. CoccoCan より:

    ここで、真冬の滝行とは。。。涼し気な風鈴からは想像できません。
    鯉のあらい、ボリューム満点、透き通った白身が美味しそう♪

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      CoccoCanさん、ありがとうございます!
      師のために命懸けの滝行とは、昔の人の気構えには驚きますね。
      季節外れの風鈴の写真があるように、撮影に訪れたのは今年の夏でした。鯉の季節は夏が相場で、恋もまた同じですね😄
      鯉は生臭いと思われがちですが、上等の鯛のお刺身のように、あっさりとしていて美味です。とまあCoccoCanさんには釈迦に説法ですね😊
      夏になるといつも、娘が鯉が食べたいと言い出します。

      いいね: 1人

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