とある出雲一家の日常:その壱

投稿日:

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「姫よ、儂の愛しい糸魚川の翡翠はおるかの」
「あらあなた、突然どうしたのですか、日も落ちかけていますよ」
「どうじゃ、立派な鯛が釣れたのよ、これを其方に食べさせようと思うての」
「まあとても大きな鯛ですこと。これを私に、ですか。でもあなた、一緒に漁に出かけたミナカタが先ほど戻ってきて私に言いますには、父は鯛を三匹釣るまでは帰らんと言って粘るから帰りが遅くなったとのこと。あら、じゃあ残りの二匹はどこへ行ったのでしょう」
「あ、あれはほれ、まあ他の家にじゃな…あれっ、姫、ちょっと怒ってる?いや、確かに他の二匹は三島と鳥耳の姫に届けさせたのじゃ。すまぬ、すまぬがほれ、一番大きな鯛をお前にと思うてじゃな、こうして持ってきたのじゃ。ちぃいとばかり遅くなったがな、今から儂が捌くゆえ、一緒に食わぬかこの鯛を」
「クスッ、あなたはほんに素直なお人です。冗談ですよ、怒ってなどおりませぬ。あなたが私たち3人の妻とその子らに、同じように大切に接してくださるのは分かっております。ですから、次に鯛が三匹釣れたなら、一番大きな鯛は他の姫へお届けくださいまし。今宵はお言葉に甘えて、私が頂戴いたします」
「おおそうか、良かった。わかった、すぐに捌こう。刺身と塩焼きでよいか」
「では私は、夕餉の支度をいたしましょう」

「のう姫よ、儂は良き妻と子らに恵まれ、幸せじゃ」
「まあ、急にどうなされたのですか」
「いや、こうして目の前に旨い食べ物と酒があり、空には朝は日、夜は月が昇る。そして側に美しい其方がいる。儂はこれだけで十分、この上なく幸せじゃ。じゃが出雲の民たちはどうかの、儂と同じように幸せを感じておるじゃろうか」
「私は今朝、美保の市へ出かけて参りました。そこでは魚や米を売る者たちで賑おうておりました。市が活気で溢れておるのは、あなた様と八千矛様が民が安心して暮らせるよう事向けておらるからにございます。皆幸せにございますよ」
「そうであったか、それは良かった。そういえば八千矛兄が海から渡ってきた2000人の子供らを出雲に受け入れると言うてきておった。彼らも住みやすくなるよう国づくりに益々励まなくてはならぬな」
「見知らぬ土地で暮らすのは、最初は不安なものでございます。でもあなたの思いはその子らにもきっと届きましょう。あなたは出雲の美保関に私の屋敷をお造りくださいました。最初はこのような出雲の果てに住まわされ、少々恨み申しましたが、住んでみればなんと素晴らしいところ。美保の名の通り、まことに四季美しく幸豊かな場所でございました。あなたが私を思うてここを選ばれたのだと感じております」
「そうなのじゃ、美保関はの、儂の一番のお気に入りの場所なんじゃ」
「ええ、あなたも足しげく通ってくださいますもの。まあほとんどは、釣りがお目当てのようではございますが」
「何を言っておる、釣った魚を届けた時の、其方の喜ぶ顔が見とうて、こうして暇を見ては釣りをしておるのじゃ」
「まあ、卑怯なお人。私があなたの、その無邪気な笑顔を好いておることをよくご存知で」
「姫よ、今宵は玉のような美しい其方が、ますます美しゅう感じる。儂はもう一人、おぬしのような玉の娘子が欲しゅうなった」
「あらあら、今度は無邪気な子供のようになってしまわれて、ではミナカタが眠っておるか見て参りましょう」
「いやかまわん、あやつももう出雲の男よ。儂は我慢できんくなった」
「あら、まあ、ああ肉厚で大きな手。この手が私を強引に、糸魚川の砂利浜から美保に連れてきたのだわ」
「嫌じゃったか」
「いえ、嬉しゅうございましたわ、あぁ」

…「と言うことがあっての、その時できた娘子がおぬしなのじゃ」
「日も昇らぬ朝方に、私の部屋にどこぞの男が入ってきたかと驚きましたが、私は我が父からいったい何を聞かされておるのでしょうか」
「今宵かがり火を焚いての、岸からの夜釣りと言うものをやってみたのよ。そしたらどうじゃ、見事な鯛が四匹も釣れての。それで一番大きな鯛をおぬしに持ってきたのじゃ」
「それは有り難いのですが、私は只今、巫女の修行の身ですよ。父とはいえ、明け方に男が寝屋に忍び込んできて、あまつさえ我が両親の秘め事を聞かされようとは。冬衣お爺さまが生きてらっしゃったら何と言われますか」
「爺のことは言うてくれるな、儂はこっぴどく叱られておったからの。あの晩、抱きおうた儂らが見た月が誠に美しゅうての、それで生まれてくる子は須須美と名付けようと思ったのよ。今宵も月が美しゅうて其方のことが思われての、こうして釣った鯛を届けにきたのじゃ」
「はいはい、ありがたく頂戴いたします。ですが早く母様とおばさま達にもお届けくださいませ。朝餉に間に合いませぬよ」
「そうじゃな、では少し待っておれ、これを捌いておくがゆえ」
まったく、困った人ですわね、あのように子供のような笑顔をされては怒るに怒れませんもの。母様のご苦労が偲ばれますわ。でもなぜか母様はいつも幸せそうで。私もあのような生涯を送れるのでしょうか。ああそろそろ大山に日が昇りますわ。私も岬に出てお勤めを致しましょう。
父と母、ミナカタ兄様、三保の村人、出雲の民に、そしてその末裔の者たちにも、未来永劫、千代に八千代に幸せをもたらしますよう、日の女神様に畏み畏み申し奉ります。
あけましておめでとうございます。出づ芽 出づ芽 出づ芽。

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2件のコメント 追加

  1. narisawa110 より:

    富家の家訓に、親戚ほど警戒せよというものがありました。
    こういう幸せの裏で、悲しいことが起きるものなのですね。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      普段の記事は、事件を中心に書くことが多いので、今回はのどかで平和な日常を書いてみました😊

      いいね

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