吉備の中山:八雲ニ散ル花 吉備王篇 03

投稿日:

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「吉備の中山の山中には磐座がありますよ」
「どのくらいかかりますか?」
「いえ、距離的には1キロ半くらいでしょうが、なんてったて道が急だからね、がんばって」

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地元の方からそう教えられたら行くしかありません。
ええ、がんばりますとも。いつものことです。

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そうして参拝だけする予定だった吉備津彦神社から、僕は登山を開始しました。

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ひいひい言いながら本当に急な坂道を登ってくると、何やら雰囲気ありげな結界があります。

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おお、もうちょっと。ちょろいな。

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鬱蒼とした暗い道を進むと

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何かありんす。

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おおー磐座じゃ磐座じゃあ。

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下顎を突き出したような面構え。

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ここが「元宮磐座」という話ですが、言われは定かではないとのこと。

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吉備の中山の北峰山頂付近にあるので、古くから吉備信仰の磐座であったろうとのことで、吉備津彦神社が平成になって祀り始めたそうです。

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元宮磐座の裏側上部にも何かあります。

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「龍神社」。
古代から何がしかここは聖地だとされていたようですが、今は八大龍王が祀られているとのこと。

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龍神に相応しい横長の石の祠は天明年間(1781年~1788年/江戸時代)の大干ばつの時、岡山の商人常盤屋が奉献したものだそうですが、どこか愛嬌があります。
中からにょろ~んと神様がでてきたら可愛い。

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案内板によると、近年何者かが神社の許可なく勝手な事をしているのだそうです。
まあ良かれと思ってするんでしょうが、いい迷惑だったりします。

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社側はこの龍神社を再建したいと考えてあるようですが、この風情ある姿も残して欲しいものです。
再建するより保存する方が、いろいろと大変なのだとは察しますが。

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龍神社の両橋にストーンサークルあるやん!って思ったら、

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経塚でしたわ。

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再び元宮さんに戻ってきたら

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おお、小さな夫婦岩あるやん。

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その横には魚か竜の背びれのような岩が。
ん?

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んんーっ!
こ、これははちまき石。みごとに石英が結晶化しています。

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本体の御神体岩にも、

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経年のため見えにくくなっていますが、ありますね、ひゃっほー。

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うーむ、いぶし銀。

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誰かが神代文字じゃーとか線刻じゃーとか言いだしそうなシワシワは、石英が溶け流れた跡じゃないですかね。しらんけど。

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この磐座に頬ずりしかねない変なおっさんを見かねて、地元のおじさまが僕に声をかけてくださいました。
「そねーに岩が好きね」
「ええ、大好きです」

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「ほんならこの先グーっと降ったところにも大きな岩があるよ」
「ほうほう、ぐーっと降ったところですか」
「そんで西の方にずーっといったところにも、でーれー岩があるよ」
「ほうほう」

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ということで、僕の旅はまだ続くのでした。
おじさまがおっしゃるほうに、ほんとに嫌になるくらいぐんぐん降りたところに、

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あるではないですか、巨石たんが。

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まるで下界の人間をゴミのように見つめるその巨石、

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名を「天柱岩」という。

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てか、彫ってる~!!
天柱岩は昭和9年(1934年)に福田海の中山通幽が「天柱」の文字を刻んだことから「天柱岩」と呼ばれているそうです。
いや掘っちゃいかんでしょ、天柱って天誅されちゃうでしょ。

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天柱岩にははちまきラインは見えませんでしたが、この茶色い跡は鉄ではないでしょうか。
そう、吉備津彦勢は鉄を欲していたのです。

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天誅岩、もとい天柱岩は横から見るとこうなっています。
これは積み上げられていますね、人の手で。

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どうやって積んだんでしょうかね。

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ぐいぐい降りたなら、ぐいぐい登らなくてはならない、これは自然の法則です。

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僕もずいぶんタフになりましたが、降りて登っての繰り返しは少々こたえます。

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おじさまが教えてくれた西の磐座を探すことにしましょう。
しばらく歩いていると、

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夫婦岩、ああその甘美な響き。

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どれどれ、お前の夫婦をみせてもらおうか。

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0.2kmの道をまたも下ります。

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ぐいぐい下ります。
イヤー、ヤメテー、、

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と言っていたら、見えてきました夫婦岩。

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どの辺が夫婦岩かと思ったら

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なるほど、二つ並んでいなさるのですね。
真ん中には子岩もあります。

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この夫婦岩遺跡は岡山市の遺跡一覧に記載されながら長く所在が分からなかったのを、「吉備の中山を守る会」のメンバーが調査して平成19年に発見したのだそうです。

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まだまだ未発見の遺跡もあるのかもしれませんね。

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ともかく這う這うの体でまたしても急斜面をよじ登ってきます。

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一息ついて歩き出すと、またもや何かある気配。

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「お休み岩」
この岩の由来は不明とのこと。

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だれぞが腰掛けてお休みになられたのかもしれませんが、僕は亀がお休みしているように見えます。

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周りにも点々と、意味ありげな岩が。

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そしてまた少し先に行くと

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おお、ストーンサークルがあるではないですか。

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「環状石籬」と書かれた立て札。
縄文時代の墓ともいわれているそうですが、これを環状石籬とすることに異論を唱える研究者もいるとか。

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しかしまあ、何か祭祀的な遺構であることは間違いなさそうです。

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愛いのぅ、愛いぃのぅ。
石にフレンチなチッスをしそうな勢いで顔を近づけるおっさんに、またしても声をかけてくる人がいます。岡山県民はおっさん変態を見ると声をかける習性があるのか。
振り返れば、そこには80代くらいのおじさまとおばさまが。

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「あらまあ、そんなにお岩がお好きなの?」
「ええ、大好きです。キラッ」

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低山とはいえなかなかの山を、さも散歩がてらに来ましたと言わんばかりのご夫婦。
さすが、きび団子を毎日毎日食べ続けてきた吉備っ子は、タフさが違います。

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「あなた鬼ノ城へは行かれたの?」
鬼ノ城とは歴史書には一切記されていない古代山城。
おそらく白村江の戦い後に一斉に建てられた山城の一つでしょう。

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桃太郎伝説にこじつけて鬼の城と呼ばれたり、
なんちゃってアイドルがパワスポだなんだとライブったり、
ユーチューバーがはしゃいだり、
そんなこんなで僕は興味が薄らいでいる場所です。

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「大きな石がお好きなら、鬼ノ城にお行きなさいな。あそこの奥に、すんごい岩があるわよ」
「すんごい岩ですか」
「すんごいの」
「すんごいですか!」

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ご婦人がおっしゃるには、その「鬼のさし上げ岩」がすんごいのだそうです。
しまった、また行くところが増えてしまった。

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ダイボーの足跡の裏手に

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八畳岩古墳なるものがありました。

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古墳といっても、石が少しばかり積まれているだけのものです。

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これは吉備の中山山中に数ある古墳の一つですが、

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その先に素晴らしい磐座が鎮座していました。

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巨大な磐座群の周りを、ゆっくり周回します。

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足元は決して良いとは言えません。

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やがてその中心に鎮座する、巨大なタンク車のような磐座が姿を表しました。

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「八畳岩」、岩の上面が平らで、畳八畳ほどの広さがあることからこの名がついたものと考えられています。

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なんという重量感。
八畳岩の前の土中からは土師器の破片が多数採集されており、この岩が神の依代として祭りが行われていたことが推察されます。

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八畳岩は吉備の中山の磐座の中でも代表的なもので、吉備津神社の奥宮として信仰されてきたということです。

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しばらく歩くと、また巨大な岩が一列に並んでいる場所があります。

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「鏡岩」と呼ばれる場所。

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表面が鏡のように平らになっていて線刻状のシワが無数に浮き出ています。
中心は目のよう。

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上から乗せられた巨大な岩は、人為的なものでしょうか。

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軽い気持ちで入山した中山でしたが、壮大な磐座の数々に驚かされます。

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気がつけば3時間弱もの間、山中をうろついていました。

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石舟古墳の石棺は、潮の満ち引きで水位が変わるという、干珠満珠を思わせる話が伝わっています。

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これらの古墳群、磐座祭祀遺跡群は吉備津彦兄弟らの一族によって祀られた聖地なのでしょうか。

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中山の茶臼山古墳は大吉備津彦の古墳であると考えられているそうです。

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茶臼山と呼ばれる場所は全国各地にありますが、思い起こされるのは出雲です。

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吉備津彦勢が当地を祭祀したのは間違いないとしても、その前から吉備の中山は聖地として祀られていたのではないでしょうか。

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それは出雲族かヒボコ族か。

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あるいは豊族もやってきていたのではないかと、僕は少し思い始めているのです。

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4件のコメント 追加

  1. Priti より:

    Beautiful place Kibi! Well shared with beautiful photos

    いいね: 1人

  2. Nekonekoneko より:

    非常に興味深い墓石かもの巨岩磐座の群れ、勝手に賽銭箱を置かれてしまう龍神社の賽銭箱引き取り申し出期限が令和3年3月31日🐥誰も引き取りに来ない場合、賽銭箱は此方で処分しますとありますが、それのどこら辺がペナルティなのかよく判りません。大日如来像と称された石は全く仏像の気配すら無いただの丸い石ですシュールすぎる🦑素敵な登山でしたね😆

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      お陰様で😆

      いいね: 1人

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