篠畑神社:斎王〜倭姫命世記を追う04

奈良県宇陀市榛原にある「篠畑神社」(ささはたじんじゃ)は、『倭姫命世記』にある「佐佐波多宮」の比定地のひとつです。 篠畑神社を探していると、棚田が広がる細い道に入り込みました。 たまたまいらっしゃった、地元の方にお願いし…

劔主神社:斎王〜倭姫命世記を追う03

元伊勢「宇多秋宮」に比定されると云う、奈良県宇陀市大宇陀宮奥の「劔主神社」を訪ねました。 細い車道の一角に鎮座します。 こじんまりとした境内に、巨木が立ち並んでいます。 見渡すと、やや寂れた感じを受けました。 祭神は「剣…

阿紀神社:斎王〜倭姫命世記を追う02

トヨスキリビメから後事を託されたヤマトヒメは、生まれながらにして容姿端麗、聡明叡智、貞潔で神明に通じる、と云われていた。 崇神60年、ヤマトヒメは大和国の宇多秋宮に遷り、4年間奉斎した。 ある時、ヤマトヒメの夢に天照大神…

興喜天満神社:斎王〜倭姫命世記を追う01

奈良の長谷寺鎮守として鎮座する「與喜天満神社」(よきてんまんじんじゃ)は、長谷寺の寺領として伐採が禁じられてきた、455mの与喜山の中腹にあります。 そこは、古代大和国では最初に太陽があがる神聖な山として、天照大神降臨の…

磐余神社

奈良県橿原市、神山「二上山」に相対するように鎮座するのが「磐余神社」(いわれじんじゃ)です。 街中にあって広い境内。 長い参道の先に社殿があります。 祭神は「神日本磐余比古命」、つまり「神武天皇」が祀られています。 しか…

法隆寺:八雲ニ散ル花 83

推古8年、女帝は、大臣の石川麻古を呼んで告げた。 「息子の尾張皇子が成人したら、次の大王に任命します」 「ちょっと待ってください、先に上宮太子を次の大王にすると約束したではないですか」 大臣は驚いて反対した。 女帝は冷た…

久米寺:八雲ニ散ル花 83

601年2月に、広い斑鳩大宮が出来上がり、橘宮から舎人たちが移っていった。 その大宮は、外側に太子の住居の大殿があり、横に四角の夢堂があった。 この大宮の形は、太子が大王になる準備をしたことを示していた。 それを察した推…

飛鳥寺:八雲ニ散ル花 82

585年に流行した疱蒼の癒えぬ大臣「石川麻古」は、敏達大王に申し出ることにした。 「三宝の力を受けなければ、わたしの病は治りそうもありません」 「わかった、石川家にのみ、仏法を行う事を許そう」 そう言うと、大王は石川麻古…

石舞台古墳:八雲ニ散ル花 80

奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳、「石舞台古墳」。 それは「蘇我馬子」の墓といわれる古墳です。 30数個の巨石から作られていて、全長は約19m、横幅3.4m、高さ4.8mあります。 玄室の高さは7.7メートル、国内…

橘寺:八雲ニ散ル花 78

「橘寺」(たちばなでら)という寺が、奈良の明日香村にあります。 寺伝によると、かの「聖徳太子」が生まれた所と伝わります。 のどかな田園の中にある橘寺の名は、「垂仁天皇」の命により不老不死の果物を取りに行った「田道間守」が…

本明寺(石川精舎):八雲ニ散ル花 77

552年の10月、百済の使者が来日した。 彼らは金銅仏1体と仏教経典数巻を大王に献じた。 これは日本の援助により、百済が、広州とソウルを取り戻したお礼であったと云う。 「素晴らしい、なんと素晴らしい教えだ。 そしてこの像…

酒船石・亀形石造物:八雲ニ散ル花 番外

明日香村の石造群の中でも特にミステリアスなのが「酒船石」(さかふねいし)です。 酒船石は竹林の丘を登ったところにありました。 分厚い板状の花崗岩です。 この石造物は、現状では長さ5.5m、幅2.3m、厚さ約1mあります。…