坂田神明宮:斎王〜倭姫命世記を追う 12

垂仁天皇八年、淡海国坂田宮に遷幸し、二年間奉斎 この時、坂田君等は、地口・御田を進った ヤマトタケルが命を落とすことになった伊吹山、そのお膝元、滋賀県米原市にある「千福神社」(せんぷくじんじゃ)を訪ねました。 のどかな村…

田村神社:斎王〜倭姫命世記を追う 11

垂仁天皇4年、ヤマトヒメは近江国の甲賀の日雲宮に遷り、4年間奉斎。 この時、淡海(近江)国造は、地口・御田を進呈した。 滋賀県甲賀市にある史跡「垂水頓宮跡」(たるみとんぐうあと)を訪ねました。 国道1号線沿いにひっそりと…

都美恵神社:斎王〜倭姫命世記を追う 10

活目入彦五十狭茅天皇の癸巳に、伊賀国敢都美恵宮に遷り、二年間奉斎した。 伊賀市柘植町に鎮座する「都美恵神社」(つみえじんじゃ)は、元伊勢「敢都美恵宮」(あえとみえのみや)に比定される神社の一つです。 長閑な集落の中に、伸…

奈久佐浜宮:斎王〜倭姫命世記を追う 09

豊鍬入姫命は伊豆加志本宮より遷り、天照大神を3年間奉斎した。 和歌山市西南部の岬の中ほどにある「濱宮」(はまのみや)へとやってきました。 当社は「元伊勢」の1つ、「奈久佐浜宮」(なぐさのはまのみや)であると伝えられる神社…

神戸神社:斎王〜倭姫命世記を追う 08

崇神天皇66年、ヤマトヒメは隠市守宮から穴穂宮へ遷り、そこで4年間奉斎した。 ヒメがその地に至った時、伊賀国造が、箆山葛山戸(みふぢくろかづらやまのへ)と、地口・御田を進呈した。 また鮎取る淵・梁作る瀬など、朝御饌・夕御…

美波多神社:斎王〜倭姫命世記を追う 07

田園の中に建つ、名張市新田の「美波多神社」(みはたじんじゃ)を訪ねてみました。 当社は、「隠市守宮」の候補地の一つとされた、「田村大明神」(たむらだいみょうじん)を合祀していると云われています。 元の田村大明神は、名張市…

名居神社:斎王〜倭姫命世記を追う 06

三重県名張市下比奈知にある「名居神社」(ないじんじゃ)も、「隠市守宮」の候補地とされる神社の一つです。 参道の先にある杜へ足を進めます。 天に突き抜けるような大樹が立ち並びます。 社名の「ナイ」は、地震の古語であると云わ…

宇流富志禰神社:斎王〜倭姫命世記を追う 05

崇神天皇六十四年、ヤマトヒメは伊賀国隠市守宮に遷幸した。 彼の地で二年間奉斎したと云う。 倭姫命世記に記された比定地を巡って、三重県名張市にやってきました。 「宇流冨志禰神社」(うるふしねじんじゃ)です。 境内の入り口に…

篠畑神社:斎王〜倭姫命世記を追う 04

奈良県宇陀市榛原にある「篠畑神社」(ささはたじんじゃ)は、『倭姫命世記』にある「佐佐波多宮」の比定地のひとつです。 篠畑神社を探していると、棚田が広がる細い道に入り込みました。 たまたまいらっしゃった、地元の方にお願いし…

劔主神社:斎王〜倭姫命世記を追う 03

元伊勢「宇多秋宮」に比定されると云う、奈良県宇陀市大宇陀宮奥の「劔主神社」を訪ねました。 細い車道の一角に鎮座します。 こじんまりとした境内に、巨木が立ち並んでいます。 見渡すと、やや寂れた感じを受けました。 祭神は「剣…

阿紀神社:斎王〜倭姫命世記を追う 02

トヨスキリビメから後事を託されたヤマトヒメは、生まれながらにして容姿端麗、聡明叡智、貞潔で神明に通じる、と云われていた。 崇神60年、ヤマトヒメは大和国の宇多秋宮に遷り、4年間奉斎した。 ある時、ヤマトヒメの夢に天照大神…

興喜天満神社:斎王〜倭姫命世記を追う 01

奈良の長谷寺鎮守として鎮座する「與喜天満神社」(よきてんまんじんじゃ)は、長谷寺の寺領として伐採が禁じられてきた、455mの与喜山の中腹にあります。 そこは、古代大和国では最初に太陽があがる神聖な山として、天照大神降臨の…