新北神社:筑秦ノ饒速日 07

有明海の海岸からほど近い、小高い丘の上に男はいた。 側には彼の妻だけが寄り添っていた。 深く刻まれた顔のしわには、永い年月の旅の苦労が見て取れる。 その男は、この地で「饒速日」と呼ばれた。 一帯には彼のもたらした、稲作が…

吉野ヶ里遺跡:筑秦ノ饒速日 06

徐福は祖国と見間違うほど似た干潟の大地、佐賀平野に降り立った。 彼はそこを永住の地と定めた。 「肥前国風土記」に「むかし三根の群と神埼の群は、合わせて一つの群であった。…むかし、この群に荒れる神がいて、往来の人が多く殺さ…

海童神社:筑秦ノ饒速日 05

秦の始皇帝を騙した男「徐福」、彼は秦に滅ぼされた母国「斉」の子供達3000人を連れ出し、東シナ海の大海原に船出し、遠く蓬莱の国日本を目指します。 船は100人ほど乗れた構造船だった可能性はありますが、それでも荒海に全員が…

櫛田神社と櫛田宮:筑秦ノ饒速日 04 外伝

【櫛田神社】 博多の街は、夏がやってくるとそわそわします。 それは7月1日から7月15日にかけて「博多祇園山笠」(はかたぎおんやまかさ)があるからです。 博多祇園山笠は「櫛田神社」にまつられる「スサノオ」に対して奉納され…

武雄温泉 / 古湯温泉:筑秦ノ饒速日 外伝

【武雄温泉】 徐福が開いた温泉と伝わる場所が、佐賀に2つあります。 龍宮のような門が印象的な武雄温泉がそのひとつです。 武雄温泉から上方へ目を向けると、尖った岩肌が見えます。 標高330mほどの「蓬莱山」です。 秦の始皇…

金立神社:筑秦ノ饒速日 03

浮盃(ぶばい)にたどり着いた徐福が見上げると、その先には美しい円錐形をした金立山(きんりゅうさん)が見えていました。 徐福はこの山に、不老不死の霊薬を求めるようになります。 標高501.8mの金立山には、山頂から山麓にか…

浮盃:筑秦ノ饒速日 02

「徐福様、陸地が見えて来ました。」 船室で資料を確認する男の元に、伝令がやって来て言う。 「うむ、そうか。」 安堵する男の目の下には隈ができていた。 彼と共に船出したのは数十艘の船と3000人を超える人数だったが、広大な…

島大國魂神社 / 阿麻氐留神社:筑秦ノ饒速日 01

荒ぶる玄界灘の上にその男はいた。 彼はこの先の行く末を占うかのように、星空を眺めていた。 (此度の渡海は失敗だった。) 彼は心中でそうつぶやいた。 男は大義を背負って旅に出たが、それを果たすことはできなかった。 「海の上…