行幸会 / 八幡奈多宮:親魏倭王ノ都 11

【八坂神社】 安岐町朝来の弁分に「八坂神社」(やさかじんじゃ)があります。 見るからに急な石段を登ります。 大した長さではないのに、きついです。 弁分八坂神社、弁分八坂社などとも呼ばれる当社は、宇佐神宮行幸会において止宿…

行幸会 / 若宮八幡神社:親魏倭王ノ都 10

薦神社に始まった行幸会も、宇佐神宮へ到達し、後半の旅へと向かいます。 【田笛神社】 豊後高田市にある「田笛神社」(たふえじんじゃ)です。 まるで公民館のような拝殿。 裏に本殿がありました。 当社は宇佐神宮行幸会八社の一つ…

大元神社:親魏倭王ノ都 09

親魏倭王の都、いわゆる「邪馬台国」の本拠地である宇佐神宮から見える「御許山」(おもとさん)は、女王卑弥呼・豊玉姫が眠る聖地と云うので、改めて訪れる決意をしました。 宇佐神宮の奥宮「大元神社」は御許山の9合目付近にあります…

行幸会 / 小山田神社:親魏倭王ノ都 08

【唐川八幡宮】 妻垣神社から更に山奥に入ったところ、杵築市山香町の山村に「唐川八幡宮」(からかわはちまんぐう)があります。 ここは珍しい「下り宮」。 唐川は辛川とも書かれ、渡来系文化の影響を感じさせます。 また地元では唐…

行幸会 / 薦神社:親魏倭王ノ都 06

九州の【U☆S☆A】ウサ! そこは『三国志』「魏書」に記された「邪馬台国」親魏倭王の都でした! ということで、テンションアゲアゲで宇佐神宮の情報を漁っていると、放生会とともに宇佐神宮における二大神事の一つである「行幸会」…

宇佐神宮:親魏倭王ノ都 05

「倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて国邑をなす。」 238年、中国では魏国の勢力が強まり始めた頃、公孫氏や高句麗が中国の呉と同盟を結ぼうとした。 これに対し魏は司馬宣王を派遣して公孫氏を滅ぼし、楽浪郡と帯方郡を…

三女神社:親魏倭王ノ都 04

宇佐家が豊国の王家になったのは、かなり古い時代のことである。 宇佐家は古くから、女系相続だった。 つまり豊国は女王が治める王国であった。 大分国東半島にある安心院盆地の一角に「三女神社」(さんみょうじんじゃ)があります。…

嚴島神社(干):親魏倭王ノ都 03

その日、瀬戸内に浮かぶ数ある小島の一つが、神の島となった。 多くの船、多くの人が集ったが、にぎやかさはなく、その島は悲しみに覆われていた。 ある者は、「まるで太陽が消えたようだ」と言った。 248年、豊国軍が安芸国に留ま…

御山神社:親魏倭王ノ都 02

宮島の「弥山」は「厳島神社」に並ぶパワースポットですが、しかしそのさらに奥にある「御山神社」(みやまじんじゃ)まで足を踏み入れる人は、そう多くありません。 そこは厳島神社の御祭神「宗像三女神」が降り立った場所と云います。…

嚴島神社(満):親魏倭王ノ都 01

至魏景初三年 公孫淵誅後卑彌呼始遣使朝貢 魏以為親魏王假金印紫綬  「魏の景初三年(239年)に至り、公孫淵が滅ぼされた後、卑彌呼は初めて使者を派遣して朝貢した。魏は親魏王と為して金印紫綬を与えた。」 正始中卑彌死更立男…