2022年9月5日、嵐の前の御許山(おもとやま)はまさに、常世を体現する異界となっていました。 この日は以前から、滋賀の織姫・かわち嬢(人妻)が九州までお出でになるとのことで、僕がエスコートを買って出ていたのでした。 嬢…
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大頭神社:親魏和國ノ女王 番外
嚴島の神烏「ごがらす」四羽が飛来し、御烏喰式(おとぐいしき)を行った後、親烏二羽は紀州熊野に帰り、子烏二羽は嚴島の弥山に残って、次の一年間の祭りを享ける。 これにより大野は古くから別鴉郷(べつあのさと)と呼ばれた。 広島…
行幸会 / 矢野八幡神社:親魏和國ノ女王 番外
妻隠る 矢野の神山 露霜に にほひそめたり 散らまく惜しも (万葉集 2178番 歌聖柿本朝臣人麻呂) 愛媛県八幡浜市の、ノスタルジックな商店街そばに鎮座するのは「八幡神社」(はちまんじんじゃ)。 多くの八幡社と区別して…
箭山神社:親魏和國ノ女王 番外
大宝元年(701年)八幡大菩薩が衆民済度のため、一切の願い事が叶うという如意宝珠を英彦山権現より賜ろうと思い、宇佐の小倉山から英彦山へ行った。 そこへ英彦山で修行中の法蓮が来て「私はまだ宝珠を見たことがない」という。 そ…
行幸会 / 八幡奈多宮:親魏和國ノ女王 10
【八坂神社】 安岐町朝来の弁分に「八坂神社」(やさかじんじゃ)があります。 見るからに急な石段を登ります。 大した長さではないのに、きついです。 弁分八坂神社、弁分八坂社などとも呼ばれる当社は、宇佐神宮行幸会において止宿…
行幸会 / 若宮八幡神社:親魏和國ノ女王 09
薦神社に始まった行幸会も、宇佐神宮へ到達し、後半の旅へと向かいます。 【田笛神社】 豊後高田市にある「田笛神社」(たふえじんじゃ)です。 まるで公民館のような拝殿。 裏に本殿がありました。 当社は宇佐神宮行幸会八社の一つ…
大元神社:親魏和國ノ女王 08
親魏倭王の都、いわゆる「邪馬台国」の本拠地である宇佐神宮から見える「御許山」(おもとさん)は、女王卑弥呼・豊玉姫が眠る聖地と云うので、改めて訪れる決意をしました。 宇佐神宮の奥宮「大元神社」は御許山の9合目付近にあります…
行幸会 / 小山田神社:親魏和國ノ女王 07
【唐川八幡宮】 妻垣神社から更に山奥に入ったところ、杵築市山香町の山村に「唐川八幡宮」(からかわはちまんぐう)があります。 ここは珍しい「下り宮」。 唐川は辛川とも書かれ、渡来系文化の影響を感じさせます。 また地元では唐…
行幸会 / 妻垣神社(足一騰宮):親魏和國ノ女王 06
大分県宇佐市安心院町に宇佐神宮行幸会八社の一つである「妻垣神社」(ともかきじんじゃ)があります。 長い階段を上ると、神寂びた雰囲気の聖域が広がります。 「龍の駒・足形石(馬蹄石)」なるものがあります。 『ここ共鑰山には「…
行幸会 / 薦神社:親魏和國ノ女王 05
九州の【U☆S☆A】ウサ! そこは『三国志』「魏書」に記された「邪馬台国」親魏倭王の都でした! ということで、テンションアゲアゲで宇佐神宮の情報を漁っていると、放生会とともに宇佐神宮における二大神事の一つである「行幸会」…
宇佐神宮:親魏和國ノ女王 04
「倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて国邑をなす。」 238年、中国では魏国の勢力が強まり始めた頃、公孫氏や高句麗が中国の呉と同盟を結ぼうとした。 これに対し魏は司馬宣王を派遣して公孫氏を滅ぼし、楽浪郡と帯方郡を…
嚴島神社(干):親魏和國ノ女王 03
その日、瀬戸内に浮かぶ数ある小島の一つが、神の島となった。 多くの船、多くの人が集ったが、にぎやかさはなく、その島は悲しみに覆われていた。 ある者は、「まるで太陽が消えたようだ」と言った。 248年、豊国軍が安芸国に留ま…