武内神社:八雲ニ散ル花 59

武内大田根はツイてなかった。 元は物部・豊連合王国の重鎮だったが、魏国で望んだ位を得られず、そしてそれが豊玉姫とイクメ王の嫉妬によるものと知ってしまった。 それで大田根は鞍替えし、大和の彦道主大王に加勢することにした。 …

菅原天満宮:八雲ニ散ル花 55

平安期のある時、出雲の山あいの辺境に、「菅原是善」(すがわらのこれよし)は立っていた。 是善の眼前には、小高く積まれた土盛りがある。 それはいわゆる、「野見宿禰」の遺体の一部を酒瓶に入れ持ち帰り、埋葬した場所であった。 …

出雲阿国:八雲ニ散ル花 番外

「出雲阿国」(いずものおくに)は、安土桃山時代の女性芸能者で、「ややこ踊り」を基にして「かぶき踊り」を創始したと伝えられる女性です。 「ややこ踊り」とは、可愛らしい幼子のような踊りのことでしたが、阿国が各地を興行していく…

劔神社:八雲ニ散ル花 番外

秋上家の祖「物部十千根」の古墳が、松江市八雲町北端にあります。 そこは「岩坂陵墓」(いわさかりょうぼ)と呼ばれる古墳です。 それは八雲町の西側、大庭町との境にある神納峠(かんなとうげ)沿いにあり、そこだけこんもりとした杜…

熊野大社(出雲):八雲ニ散ル花 53

顔を上げると、天宮山にうっすら朝霧がかかっていた。 敷地に湧き出た清水で手口をすすぐと、冷たさが身にしみて、意識が目を覚ます。 大田彦はおもむろに社の前に向かい、そこへ正座し祝詞を唱えた。 物部軍との戦いに負けた東出雲王…

久奈子神社:八雲ニ散ル花 50

物部東征軍将軍「朝倉彦」は、軍を率いて出雲王が篭る丘を攻めた。 急造の宮殿では、出雲兵も必死の抵抗を見せた。 両軍とも苦戦したが、やがて、出雲王国の最後の主王「山崎帯」は降伏した。 最後の戦地となった丘に、山崎帯王と物部…

智伊神社:八雲ニ散ル花 49

出雲市知井宮町に「智伊神社」(ちいじんじゃ)があります。 当地は西出雲王家「神門臣家」の領地内にありながら、他の出雲系神社とは異質な雰囲気を持っています。 『出雲風土記』にある「知乃社」に比定されるという当社、 御祭神は…

田和山遺跡:八雲ニ散ル花 48

田道間守は、東出雲にある丘の上に立っていた。 そこには焼け落ちた神殿の跡と、おびただしい数の人の死があるだけだった。 「徹底的に破壊しろ」 深い怨念にも似た、執念深さで命令を下したのは田道間守その人だった。 宗教王国の出…

小田神社:八雲ニ散ル花 47

出雲市多伎町の国道9号線山陰道沿いに「小田神社」があります。 交通量の多い道沿いではありますが、当社の存在感はかなり希薄です。 なんとか車を停め、小高い丘を登ると社殿が見えてきます。 当社の祭神は、「彦火々出見尊」(ヒコ…

物部神社:八雲ニ散ル花 46

島根の大田市と飯南町にまたがる優美な山は「三瓶山」(さんぺいざん)と呼ばれる活火山です。 この三瓶山、『出雲国風土記』では「佐毘売山」(さひめやま)の名で記されています。 古代の出雲では幸神の三神を祭り続けていましたが、…

長浜神社:八雲ニ散ル花 45

「お、大名持様、物部の大軍が小田を超え、王宮近くまで迫ってきております。」 「なにっ、」 真幸ヶ丘の北方にある神門臣王宮で山崎帯王は、驚きを隠せず立ち上がっていた。 「馬鹿な、奴らはこんなに早く堀を突破したというのか。」…

西谷墳墓群:八雲ニ散ル花 38

出雲市の斐伊川西岸に、三谷山があります。 山といっても、ちょっとした丘です。 その頂上に「三谷神社」があります。 この神社の祭神は神武天皇の孫と伝わる「建磐龍命」 ( タケイワタツノミコト ) でした。 建磐龍命と言えば…