
この世界の果てとは、どんなところだろうか。
氷海が広がる極寒の地か、ジャングルの先の断崖絶壁か。
いやきっと、目が霞むほどに眩しい、白砂が広がるエデンの海辺に違いない。
そんな若き日に焦がれた妄想が、そのままそこにあった。
遠い遠い、南の果ての小さな島。
時の止まった小さな砂浜で僕は、陽光の中に君の幻影を見ていた。


【3日目 PM 1:00】
小笠原・父島列島の海域でドルフィンスイムを楽しんだ僕らは、「マッチの星空屋さん」のエスコートでそのまま南島へと上陸しました。

この時、ウミガメがプカプカと水面に浮かんでいるのを”マッチ船長”が見つけて、僕らに教えてくれました。
他の人たちが写真を撮る中、僕がカメラを向けると、スイっとつれなく水中へと消えてしまいました。
食べちゃったからね、昨夜。ごめんて。
あの感じだと、僕はウミガメさんに龍宮に連れて行ってもらえないのかもしれませんね。

「南島」(みなみじま)は、東京都・小笠原諸島の父島列島の一部をなす無人島です。
この島へ行くには、東京都認定ガイドの同行が必須となっています。
南島に上陸するには、鮫池と呼ばれる湾に船を付けなければなりませんが、その入口が狭く岩礁もあるため、小型のボートで、海況や風向きが安定している時しか入ることができません。
現に先月は、数日ほどしか南島上陸観光ができなかったとのことでした。
小笠原のオーランド・ブルーム”マッチ船長”が、巧みな操船で船を岸に付けてくれます。

さらに上陸時には、岩場に接岸し、3mほどの崖を登る必要があります。
手すりはついていましたが、足元に不安がある人には厳しい場所です。

南島は希少な固有の生態系が残る島で、保護のため、入島に際しては厳格なルールが設けられています。
毎年11月上旬から2月上旬(年末年始をのぞく)の間は、入島禁止期間となっており、植生回復が図られています。
1ガイドが案内できるのは15名までと制限されており、「何も持ち込まず、何も持ち帰らない」ことが徹底されています。

この島は夏期にカツオドリ、オナガミズナギドリ、アナドリなど、海鳥の繁殖地となっています。
特にカツオドリは開けた場所に巣を作るので、親子の姿を見ることがしばしばあります。

しかしあくまで野生の鳥なので、刺激しないよう、最新の注意が必要です。
驚いたカツオドリの親が、育児放棄をして去ってしまうこともあるとのことです。
とにかくガイドさんが注意するルールを、しっかり守ることが大切です。

南島では、陸に上がったマーメイド”こころ”さんがガイドしてくれました。
少し歩いていくと、白い砂浜が見えてきます。

その手前を右に折れ、南島の小高い山頂を目指します。
途中にあるタコノキのトンネルは、島内唯一の日陰なのだそうです。

タコノキは根がタコの足のように見えることから、その名が付いています。

さて、崖をよじ登ってたどり着いた頂きからは、父島が見えていました。

なんと、父島の象徴である”ハートロック”が見えるじゃないですか。

海に浮かぶ赤い岩肌は「千尋岩」と名付けられており、ハートロックの愛称で親しまれます。
地上200m以上の高さのハートロックへは、許可証を持っているガイドの同伴でトレッキング可能で、冬にはザトウクジラを見ることもできるそうです。
サメバーガーで有名な「ハートロックカフェ」の由来の場所でもあります。
島の男子は意中の女子に告白する時、このハートロックの上からダイブするのだそうです。ウソです。
そして父島と反対の方を見ると!

トゥンク💕

白い砂とエメラルドグリーンの入江、ボニンブルーの海が広がる、楽園の姿がそこにありました。



この小さな入り江は「扇池」と呼ばれており、僕らの来た鮫池のほか、こちらからカヤックや泳いで上陸することもできます。
ただし、南島への個人での入島は制限されており、この場合でも東京都自然ガイドが同行するツアーに参加する必要があります。

南島はかつて常緑低木が生い茂っていましたが、人が持ち込んだヤギの食害により地面が露出。植生回復のため昭和40年代にヤギが駆除され、現在も芝などが養生されています。
なので島内を歩くときは決して道から外れず、できるだけ露出した石の上を歩くようにします。

そして足元の砂の色ですが、鮫池から扇池に向かって歩いていると、

“赤”から次第に”白”へと変わっていくのが分かります。

この白い砂が南島本来の砂で、赤い砂は父島から流れて来た砂になるのだそうです。

つまり、父島他の島々と南島は、その成り立ちが違うのです。
父島(小笠原諸島)は、約4,800万年前に太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込み、それによって発生したマグマが、海面上に噴出して誕生しました。

対して南島は、氷期の海水面が下がっていた時期にカルストが形成され、その後の海水面上昇によって冠水したもので、2008年3月28日に「小笠原南島の沈水カルスト地形」の名称で国の天然記念物に指定されました。
赤い砂は酸化した鉄分による溶岩由来のものであり、白い砂は石灰岩に由来するものだということです。たぶん。

それにしても扇池のなんと美しいこと。
暑いし、ここでしばらく水浴びをします。

この洞穴は縄文時代に、龍神「オガッシー」の頭部をかたどって古代人が削って作られました。
というのはウソで、ごく最近まではもっと小さな穴だったそうです。
石灰岩は脆いので、短期間であっという間に今の大きさになったのだとか。

砂浜にある小さな波型は、生まれたてのウミガメちゃんが扇池に向かって歩いた足跡です。
南島はウミガメの産卵でも有名な場所。

砂浜に立てられた不自然な3本の枝を見かけたら、そこにはウミガメの卵がありますよ、という目印です。
なので、あまり近寄らないよう、注意が必要です。
ウミガメちゃんたちは生まれてすぐに、海を目指して砂浜ダッシュをするのですが、何せ小さな体によちよち歩きなので、天敵に狙われたり、途中で力尽きてしまうちびっ子も多いのです。海に入ってからも敵は多く、成体となれる子は決して多くはありません。
砂浜を歩いていると、ちびっ子の干物もたくさん転がっていて、自然界の厳しさを改めて知ることになりました。

それでも皆頑張って大きくなって、美味し、りっぱなウミガメに成長し、いつか僕を龍宮の城へ連れて行って欲しいのです。

砂浜の奥には、たくさんの貝殻が転がっています。
これは、縄文時代の貝塚遺跡か!と心沸き立ちますが、違います。

この美しい渦巻きの貝殻は、1000年から2000年程前に絶滅したヒロベソカタマイマイ(カタツムリ)で、今は半化石化しています。

後ろ姿も美しいし、スベスベで可愛い。

他にもよく探すと、数種類のカタツムリの貝殻があるのだそうですが、素人目では判別がつきません。

この貝殻は海から打ち上がるのではなく、丘からこぼれ出て来ます。
非常に貴重な貝殻で、これらの貝殻の持ち出しは、法律で禁止されています。
とって良いのは写真だけ。南島に来た時だけ、スベスベして我慢します。

小笠原諸島はこの陸産貝類カタツムリ(マイマイ)の種類が豊富で、その数は130種を数えるのだそうです。
小笠原諸島は形成以来、ずっと大陸から隔絶していたため、島の生物は独自の進化を遂げました。
「東洋のガラパゴス」とも呼ばれる所以です。
世界遺産の認定の要因は、壮大な自然ではなく、実はこの希少なカタツムリのおかげなのだということでした。

砂浜を抜けたさきに、鏡面の池がありました。
「陰陽池」と呼ばれます。

陰陽池は雨水が溜まってできた池ですが、台風の時など海水が流入して汽水湖となり、渡り鳥にとっての数少ない休憩地のひとつになっていました。

池のほとりでは、足長のセイタカシギがひと休み。

ここは天と地、生と死の境界。

夢と現が曖昧な島で、眩んだ僕の目に、懐かしいウサ耳のあのコが映った気がしたのでした。
