腹五社神社(黒神埋没鳥居)

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薩摩富士といえば開聞岳のことになりますが、桜島も郷土富士名がないのだろうかと思っていたら、ありましたね。
「筑紫富士」だそうです。
なんで筑紫なんだろ。筑紫島だから?

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噴煙止むことのない活火山の桜島御岳は、間近でみるとすごい迫力。

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その麓にある「腹五社神社」(はらごしゃじんじゃ)を訪ねてみたのですが、見慣れたものが、見慣れない姿でありました。

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えっ、どゆこと~っ!!

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これは「黒神埋没鳥居」(くろかみまいぼつとりい)と呼ばれるもので、鹿児島県指定天然記念物(地質鉱物)となっており、桜島・錦江湾ジオパークを構成するジオサイトのひとつでもあります。
大正3年(1914年)1月12日に発生した桜島の大正大噴火は、20世紀以降の日本で起きた火山噴火の中で噴出物量が最大であったといいます。
これにより桜島全域で甚大な被害が出ており、当地、黒神集落では246戸のうち197戸が消失し、軽石や火山灰によって集落全体が埋没する被害を受けました。

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鳥居は全長3mであったとされ、そのうち約2m程度が埋没しているということです。

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第二次世界大戦の終戦後に腹五社神社の鳥居を住民が掘り起こそうとしましたが、当時の東桜島村長であった野添八百蔵氏は「災害の記憶として後世に残すべきである」として発掘を中止させ、黒神集落の民家にあった門柱と共に被災時の状態での保存がなされたということです。

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鳥居の横を慎重に越えて奥に進むと、腹五社神社が鎮座していました。

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古くは五社大明神とも呼ばれていたとされる当社。
寛永2年(1625年)に島津家久の命によって現在地から黒神村の浜辺に移転したが、再び寛政10年(1698年)に現在地に遷宮したと伝えられます。

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参拝時は夕暮れだったので、境内は薄暗く、少し怖い。

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大正3年の桜島・大正大噴火では、当社も埋没する被害を受けましたが、神体は一部が燃えたものの無事で、現在もそのまま祀られているそうです。

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祭神は「月讀命」(つきよみのみこと)、「瓊々杵尊」(ににぎのみこと)、「彦火々出見命」(ひこほほでみのみこと)、「鵜草葺不合命」(うがやふきあえずのみこと)、「須佐之男命」(すさのおのみこと)。
一説には瓊々杵命のかわりに「木花開耶姫」(このはなさくやひめ)を御祭神とするとも云われます。

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埋没鳥居の横にあるアコウの木は、例の大噴火を生き残った木なのだそうです。
大地に根を張るその姿が、命の力強さを物語っています。

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現地はこんな場所なのに、腹五社神社のお隣は中学校があり、そこに生活する人たちもいらっしゃいました。

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日本人というのはたくましいな、と改めて思いました。

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7件のコメント 追加

  1. coccocan のアバター coccocan より:

    桜島にも行ってきました。ここは行く前からすごく行きたかったところなのですが、車でないとなかなか行けず、次の課題に。記事を拝見してなおさら行きたくなりました。
    ここへは行けませんでしたが、桜島では、歴史や活火山の違い、噴火後の植物の生育など学びが多い場所でした。また、お墓にも屋根があって、ここで暮らす人々の生活が感じられました。

    GW、とにかく混んでいて、周遊バスも乗れないので周遊になっておらず、車でのフェリーも長蛇の列でした。

    1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

      GWは鹿児島も混雑していたんですね。
      僕は基本的に、平日のお休みなので、その点は恵まれています。
      車があり晴れていれば、桜島から大隅半島南端までのドライブも気持ちよいです。荒平天神は良かったな。

  2. KYO のアバター KYO より:

    タイトルだけ見た時には???でしたが、文字通り鳥居が埋没してしまっている姿はとてもインパクトがありますね。。。
    壁や木などに津波がここまで来たという印を見ることはありますが、こちらは埋まっているということで、その体積の凄さが分かるので、実感として生々しい恐ろしさを感じられる気がしました。
    後世に残してくれて感謝ですね。

    余談ですが、戸隠神社の奥社にお参りした際、似たような感じで鳥居が雪に埋もれており(4月18日でしたが)、うおおお!と思った事を思い出しました。
    宝光社や中社には雪があまり残っていなかったので、なおさらびっくりしました。
    自然のパワー恐るべし、ですね。

    1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

      自然にはもう、叶いませんよね。
      しかしそこに生活を見出す人間もいるので、たくましいなと思います。
      椎葉村に行くと思いますが、なぜそこに住もうと思ったのか、と不思議でなりません。
      それでも住めば都、そこがその人の故郷なのだろうなと、しみじみ思っちゃったりします。

  3. Tomi Kaneko のアバター Tomi Kaneko より:

    前回桜島を訪れた折、自然観察メインで特に火山の影響が大きなエリアを巡り、真っ先に訪ねたのがここでした。鹿児島市側からでなく先に戦史探訪から串良・鹿屋→垂水から入って島を一周。「生活は山とともにある」 「灰も邪魔なだけでなく恵みなり」この逞しさに敬服しました。 この鳥居の少し北側、黒神川の橋の南詰から見る溶岩が桜島で最も荒々しさを感じた場所でした。

    1. Tomi Kaneko のアバター Tomi Kaneko より:

      わっぜぇじゃろ? へ。 現地で言われた言葉です。 「すごいだろう? 灰」 です😂
      「へ。」 アイスクリーム美味かったです😋 灰もミネラル無毒成分あるんですね。

      1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

        そういえば僕も、どこかで灰だったか木炭だったかのソフトクリームを食べた記憶があります。
        でもこの近辺で生活をして、肺とか大丈夫なのかと不安になりますね。

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