櫛田神社 祇園例大祭『博多祇園山笠』:中篇【千代流・恵比須流・土居流・大黒流】

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さて、次の観覧場所をどこにするのか悩みどころですが、

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そんなあなたのために『山笠ナビ』さんが詳しいルートを、解説入りで紹介してくださっています。
「舁き山」(かきやま)は7つの「流」によって時間差で競われますので、いくつかの場所を変えて見ることができます。
しかし、そのコースが広範囲であり、どの場所も観覧者で溢れかえっていますから、移動に時間がかかります。
また舁き山が来ると歩行者もその区間が通行止めになります。
なので、実際は移動は2,3箇所にとどめておくのが良いかと。

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それと思っている以上に、舁き山は早い!あっという間に七流れやってきて、あっという間に通り過ぎていきます。

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僕は櫛田神社前から200mほど移動して、難所の一つ「店屋町」を次の拠点としました。
狭いクランクを、いかにスピードを落とさず曲がり切るか、手に汗を握るエキサイティングな場所です。

きたよ~きたきた!

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三番山笠「千代流」(ちよながれ)。
千代流は戦後に誕生した比較的新しい「流」ですが、舁き手の数も多く、統率のとれた動きで毎年存在感を発揮しているそうです。
舁き山笠ばかりでなく、子供山笠も持つ流で、千代校区の子供会も情操教育の一環として積極的に山笠を支援しているとのこと。

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標題は「成就天下三名槍」(じょうじゅてんかさんめいそう)。
古来より日本号、蜻蛉切と並ぶ「日本三名槍」として、結城秀康(徳川家康次男)の御手杵の槍がデザインされています。
千代流れは平成19年より本多忠勝・蜻蛉切ではじまり、日本号・母里太兵衛、そして本年で日本三名槍奉納を成就致しました。
ちなみにこちらの人形は、僕の家宝である「卑弥呼」の日本人形を製作された川﨑幸子さんの弟さん「川﨑修一」さんの作です♪
さすがの躍動感!

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千代流が通り過ぎて数分としないうちに、次の四番山笠「恵比須流」(えびすながれ)の「先走り」衆がやってきました。

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先走りは「前走り」とも呼ばれ、招き板(流名や町名を書いた杉板)を持った子どもや招き旗(流名を染め抜いた旗)を持つ町総代らが、舁き山に先んじて走ってきます。

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また先陣を切る者の中には「前捌」(まえさばき)という、舁き山の前方で進む道を開けて運行を司る人たちもいます。
俗に「憲兵」と言うらしいです。

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恵比須流の標題は「福海千尋深」(ふくかいせんじんふかし)。
禅語の「壽山萬丈高 福海千尋深」(寿山万丈高く、福海千尋深し)に拠るとのことです。

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この恵比須さまは波濤、釣り竿、鯛がモチーフとしてあしらわれています。
大漁・豊作、商売繁盛、その笑顔で皆を幸せにする、福の神です。

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五番山笠「土居流」(どいながれ)がやってきました。

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博多祇園山笠の山笠奉納の舞台となる櫛田神社。その前の通りを通称「土居通り」と呼びます。
土居流はこの通りに面した町で構成されている、いわば「お櫛田さん」の門前衆。

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古い歴史を誇る土居流ですが、昭和41年に行われた「博多地区町界町名整理事業」のあおりで、伝統あるすべての町名が消滅してしまった地域でもあります。
土居流の名前も一度消滅しましたが、熱心な若手達が流の存続を強く要請し、「土居流保存会」をつくり、努力が実って正式に「流」として復活しました。

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山笠の台に上って指揮を執る、いわば舁き山の花形は「台上り」(だいあがり)と呼ばれます。
台上りは前側と後側に分かれて、それぞれ1~3人が上がります。
台上りも途中で入れ替わっていました。

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土居流の標題は「大聖不動尊」(だいしょうふどうそん)。
梵名のアチャラ ナータは「揺るぎなき守護者」の意味となります。

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山笠の正面側は「表」、裏側は「見送り」と呼びます。
全ての山笠・山小屋は、どんなに距離があろうとも必ず櫛田神社がある方角に「表」を向けて建てられ、期間中の神事は「表」「見送り」の向きが厳守されるのだそうです。

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六番山笠「大黒流」(だいこくながれ)は、流の区域が昔からほとんど変わらず、古いしきたりが色濃く残っている、伝統ある流です。
水法被・長法被にも古い伝統が随所に残っており、町毎に独特の柄のものを着用します。


今回の追い山で、妻の一番のお気に入りが大黒流のヤマでした。
しかし寝坊助な彼女は起きられず、今日は僕が一人で来ています。
なので基本的に、この日の大黒流は動画しか撮っていません。

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大黒流の標題は「清浄心」(しょうじょうしん)。
静寂と智慧、そして清らかな慈悲を象徴する「水月観音菩薩」(すいげつかんのんぼさつ)は、あまりに妖艶で美しい姿が形取られていました。
男衆のみの祭りである祇園山笠で、この中性的な造形は、確かにズルい!美しすぎます。
「水月」とは、水面に映る月を意味します。
水月観音は、岩に腰掛け、水辺や月を眺める姿で表され、深い瞑想の境地にある穏やかな表情が特徴です。
そんな菩薩の姿を、博多人形師の「西山陽一」さんが作り上げました。
そう、山笠に飾られる人形は、博多人形師さんが作られます。
お気に入りのヤマを見つけたなら、その人形師さんについて知るのも、博多祇園山笠の深い味わい方だと思います。

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