
こりゃまたどん詰まりになるんじゃないかって、不安になるような山の細道を車を走らせて来ました。
熊本県阿蘇郡高森町、その永野集落と呼ばれる場所の一角です。

この「永野祖母嶽神社」(ながのそぼだけじんじゃ)は以前、アシュラさんが「行ってみなさい」とおっしゃってた神社です。

祭神は、「日子穂々手見命」(ひこほほでみのみこと)、「豊玉比咩命」(とよたまひめのみこと)、「鵜茅葺不合命」(うがやふきあえずのみこと)、「天依比古命」(あめのよりひこのみと)、「神日本磐余彦命」(かむやまとひわれひこのみこと/初代天皇)、「吾平媛命」(あひらひめのみこと)、「花房姫命」(はなふさひめのみこと)「木花開耶姫命」(このはなさくやひめのみこと)ですが、

標識にもあるように、本来の祭神は祖母山の神、「豊玉姫命」と「武雄霜凝彦命」(たけおしもこりひこのみこと)、二柱の神であったろうと思われます。
健男霜凝日子神社は、別名を嫗岳大明神とも呼び、雨霜や風雪を司る天候の守護神として、祖母山頂に上宮、穴森神社を中宮とし、大分県竹田市神原に下宮を構えます。

祖母岳の名は、初代天皇の祖母という設定の豊玉姫が祀られるのでその名がついた、とされてますが、武雄霜凝彦とは誰なのか。

武雄とは健男とも書けますので、九州でこの名と言ったら健男組神ではないかと思われます。
健男組神=会知早雄=草部吉見神=漆間
彼は真の阿蘇神であり、阿蘇地方におけるキハチ(鬼八)に相当する人物ではないでしょうか。

そうであればキハチは霜神でもあるので、武雄霜凝彦という名前に通じることになります。

永野祖母嶽神社に参拝しようと社殿前に立ち、天然木の扁額を見上げると、天井から金具のようなものがぶら下がっています。
ああ、なるほど。

これは扉を跳ね上げて、固定させるためのものでした。
開け放たれた社殿からは、古い木の香りが漂います。

中にはずらりと、

神像が並んでいました。

男女の神像は武雄霜凝彦と豊玉姫なのでしょうか。

ここでふと、疑問が湧きます。
武雄霜凝彦、つまり会知早雄と豊玉姫では、時代が合わなさすぎます。
男女で祀られる神であれば、それは夫婦か、親子であるのが普通ではないか。

そう考えると、祖母岳の女神は、豊玉姫ではなく会知速比売、つまりは阿蘇津姫ということになるのかもしれません。
あるいは想像を膨らませると、豊玉姫の祖先と僕が考える宇奈岐日女が、会知早雄の妃であった可能性もあるのではなかろうか、と。

永野祖母嶽神社には、比較的新しいウサギの彫刻を見つけました。
これはたまたまでしょう。

社の背後にはかつて、日本最大級のカナクギノキがあったそうですが、台風の害で折れてしまったとのこと。
カナクギノキは出づ芽色の小さな花と赤い実をつける落葉高木です。

古社の見る先に祖母山があるのか、この日は曇天で遠景は望めませんでした。
