飯島洲原神社

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長野3日目最終日、下伊那郡飯島町鳥居原、長野にも「洲原神社」(すはらじんじゃ)があるというのでやって来ました。

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辺りは林檎畑が広がり、ちょうど花の時期を迎えていました。

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洲原神社といえば、白山信仰・美濃禅定道の麗しき前宮(さきみや)が思い浮かびます。

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そう当社は、美濃市須原の「洲原神社」から分霊して成立した神社である、と伝えられます。

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さらに棟札から、天明6年(1786年)に、鳥居権現を勧請したことが分かっています。

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しかしそれ以外の情報は、ほぼ皆無。まいったね。

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それにしても、鳥居大神ってどちら様でしょうか。
ヒナドリさん?

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洲原大神も謎深くて、美濃の本社・洲原神社の祭神は「伊邪那岐命」(いざなぎのみこと)・「伊邪那美命」(いざなみのみこと)・「大穴牟遅命」(おおなむちのみこと)となっているのですが、江戸時代に記された『洲原白山縁起』をみると、祭神は「伊弉冉尊」・「菊理媛命」・「大己貴命」になっています。
つまり、明治期あたりで菊理姫が消されて、イザナギに書き換えられたということになります。萌えないよね。
たぶん洲原大神は、菊理姫のことだと思われるんだけど。

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美濃・洲原神社は養老元年(717年)、白山を開山した泰澄大師が白山の雪嶺に登り、苦修練行の功を積んでいたところ、白山神が現れて「白山は四季雪深く、老若の歩行はかないがたい。そこで、美濃国音無川(現在の長良川)の辺、鶴形山の岸に行きて、我を斎い祭れ。永く帝道の繁栄を護り、国家豊穣を衛るべし」と告げられたので、養老5年(721年)に社殿造営し、勅を奉じて泰澄が祭神を祀ったのが創建である、とされています。
白山神といえば、菊理姫ちゃんだよね。

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美濃・洲原神社記事のnariコメでも、やはり分社された時点で白山神は伝わっていない様で、江戸時代後期・伊佐波止美命→御鍬信仰・伊雑宮→鳥居権現と変遷を経ている、とのことです。

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「中央アルプス西側の木曽谷の方には白山信仰が古くからあり、長野県の最古級の現存の社は大桑村の白山神社で荘園文化や山岳信仰と関連が強いです」
「逆に木曽谷にはオモイカネが極端に少ない感じがします」とnari氏。

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なるほど、確かに伊那といえば、阿智村のオモイカネの影響をところどころで感じますが、お隣の木曽谷は白山信仰が勢力を伸ばしていた、ということでしょうか。

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あと境内の外向きではありますが、ガサワラさんもいらっしゃいましたので、いろいろと思惑が交差した地区だったのでしょうか。

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