石井神社(西山町)

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延喜式内小社の越後國 三島郡 鎮座「石井神社」(いわいのかみのやしろ)論社とされる神社は、新潟に5社あります。
中世以前の三島郡(みしまぐん)は、平安時代(794年~1185年)に古志郡から分離しました。
『延喜式神名帳』(えんぎしきしんめいちょう)がまとめられたのは、延長5年(927年)となっていますので、この5社がそれぞれ論社となるのは致しからぬことです。

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しかしこの5社はそれぞれ、由緒も祭神もバラバラ。
柏崎市西山町石地の「石井神社」(いわいじんじゃ)の祭神は、「石凝姥命」(いしこりどめのみこと)となっていました。

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当地は「大和舞」発祥の地と伝えられていました。

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石井神社の大和舞は、江戸時代に石井神社の神主「山岸大和守氏守」が、それまでは神職しか舞えなかったものを、一般の氏子に広く伝えたの始まりとされています。

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これが、多くの人から賞讃され、当時の人々は、「大和の舞」と呼びました。
大和舞は32の舞で構成され、現在は、保存会を結成して、大事に受け継がれているとのことです。

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当社創建は不詳ですが、8世紀初めにはもう神社があった、といいます。
元は海辺の石地に鎮座しており、地元の漁師が、海中で光る玉を見つけ、海上の岩場に祀ったのが始まりとされています。
「いわい」の由来は、この「岩居」から来たとも、社地に清水が湧出し、これを「石井」と称したからとも云われます。

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メカニカルな狛犬氏。

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なかなか貫禄があります。

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寛治年間(1087年~1094年)に津波で社殿が決壊し、現社地より100mほど海側の地へ遷座。
天文年間(1532年~1554年)、越後長尾氏7代当主で上杉謙信の実父である「長尾為景」が佐渡から船で戻る時に暴風に遭い、当社の燈火によって無事到着したため、太刀や鞍馬を奉納したと伝えられます。

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弘化2年(1845年)に現在地に遷座。

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祭神は他に、「大山祇命」(十二神社)、「御穗須須美命」(諏訪社)、「白山媛命」(白野神社)が合祀されています。

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主祭神の石凝姥は「作鏡連」(かがみづくりのむらじ)らの祖神とされる神です。
神話では、岩戸隠れの際に八咫鏡を作った、とされています。

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海中から拾った玉を岩場に祀ったにせよ、湧水を祀ったにせよ、石凝姥との関連がよく分かりません。
単に”石”の文字だけで宛てがったのでしょうか。

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本殿隣には、枝社である十二社が鎮座していました。
神屋敷の十二株山の伝承と関連があるのか、どうか。

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石凝姥は「石を切って鋳型を作り溶鉄を流し固まらせて鏡を鋳造する老女」の意と見る説がありますが、”姥”なんて字を使うからよくありません。
要は”石凝”の”戸畔”(とべ)であり、女首長、姫巫女であったのではないかと考えられます。

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当社のすぐ横には、御島石部神社があり、石部との関連も気になるところです。

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8件のコメント 追加

  1. 公正担当 のアバター 公正担当 より:

    物部神社 佐渡国 雑太郡鎮座

    『続日本紀』には、延暦十年九月に従五位下を叙されたとあり、式内社・物部神社に比定されている古社。

    祭神は、饒速日命の御子・宇麻志麻治命。また、住吉大明神とも呼ばれており、一説には別当不動を勧請とも。

    創祀年代は、聖武天皇天平年間。養老六年(722)、元正天皇への皇室批判により、佐渡へ流刑された物部氏の後裔で万葉歌人の穂積朝臣老が祖神を祀ったという。

    佐渡島に流罪になった背景に佐渡島には古くから物部氏が関わっていたのでしょうか。

    1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

      nariさんも言っていますが、佐渡は物部というよりは、越智っぽい印象です。
      島を亀と言っていたりするところなんかも、そうですね。なんとなく。

  2. 不明 のアバター 匿名 より:

    narisawa110
    十二神社に関してですが昔どこかの神社のブログで書きましたが、二つの系統があり、恐らくですが、新潟に関しては熊野権現系ではなかろうかと思われます。
    つまりは物部ではないかと。
    佐渡にも物部の痕跡がありましたよね。

    1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

      佐渡や出雲崎・柏崎を訪ねて思いますが、物部というよりは、やはり越智ですかね。

      1. 不明 のアバター 匿名 より:

        narisawa110
        二田物部神社の宮司家の三島家は、かつては越智氏とも称していました。
        ただ、宮司さんに聞きましたが!あの辺りの神社で古いのは、タキ神社なんだそうです。
        お行きあいした際にちょろっと五条先生のことをお話ししまして、アポとって行く際は本も持ってかれたらと思います
        ただ、富家のような古い伝承は無い様です

        1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

          なるほど、やはり多岐神社も行かねばなりませんかね。
          一緒に行きます?😁

  3. 公正担当 のアバター 公正担当 より:

    こんにちは
    出雲崎と石井(いわい)神社。
    日本海のロマンと海の幸の魅力に魂と胃袋が反応しています🤭
    石凝姥『鏡を鋳造する女酋長、戸部』

    三日前の日曜日に福岡県田川市夏吉にある『香原隠神社』に行きました。
    香原隠神社からは香原三山が展望でき、景行天皇の命令で山口県防府から香原三ノ岳に派遣され、銅鏡を鋳造していた『神夏磯姫の墓所』と言われています。
    古代を生き鏡造りに携わった姫巫女は各地で静かに眠っているのでしょうね。

    1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

      香春隠神社は知りませんでした。
      今度行ってみます😊

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