
「店屋町」の角から少し移動しました。
するとすぐに七番山笠「東流」(ひがしながれ)が来ました。

東流は比較的新しい流で、「東」一文字が入った水法被を着ています。

水法被(みずはっぴ)は舁き山笠を舁く際に着用する祭り装束で、この装束以外で山笠を舁くことはありません。
明治時代ぐらいまでは上半身裸で山笠を舁いていましたが、明治31年の山笠中止騒動を受けて水法被を着用するようになりました。

東流の標題は「志信義」(しんぎをこころざす)。
三國志の英傑の一人である「趙雲子龍」がデザインされています。
長坂坡の戦いでは、単騎で敵中に入り主君の妻子を助け、漢中の戦いでは、敵の攻撃に対し城門を開き撤退させるなど、「子龍の一身はすべてこれ肝なり」と称賛されました。

舁き山や舁き手に掛けられる水は「勢い水」(きおいみず)といいます。
これは舁き山や舁き手を清める意味と共に、舁き手の冷却や乾燥による舁き山の崩壊を防ぐなどの役割があるのですが、なんか水の勢い、強ない⁈

それもそのはず、後から知ったのですが、偶然僕が立ち止まった場所は「勢い水処」といって、コース上で最も勢い水が用意されている場所でした。
豪快に放たれる勢い水が何重も弧を描いて飛び交う様は、確かに圧巻でしたが、カメラを守りつつ僕の背中もびしょ濡れになりました。



さて、一番から七番までの全ての山笠を見終えた僕は、余韻を噛みしめつつ、ブラブラと歩いていました。
すると警備の方が「山笠が通ります。皆さん歩道に上がってください」と声をかけられます。
何事?お、これはひょっとすると・・・
そう、追い山には七番までの舁き山とは別に、もうひとつ八番の山笠があります。
通称「走る飾り山」!
走る飾り山は土居流内の上川端通が独自に建てる飾り山笠で、電線や信号機・標識などに接触しない伸縮式になっています。
古来の山笠を彷彿とさせる10m近い飾り山笠は圧巻です。

表の標題は「誉蒙古合戦武勲」(もうこかっせんぶくんのほまれ)。
文永11年(1274年)の元寇で、果敢に立ち向かった鎌倉武士たちの姿を描きます。

見送りの標題は「積恋雪関扉」(つもるこいゆきのせきのと)。
通称「関の扉」とも呼ばれる常磐津舞踊の大曲で、逢坂山の関所を舞台に、天下を狙う悪人・大伴黒主と、小野小町をめぐる恋模様、桜の精が織りなす幻想的な情景が描かれています。



最後に、山笠は神事なので、お櫛田さんへのお参りを忘れてはなりません。

旧暦時代の追い山は、6月15日の夜明け、満月が西に沈み、東の空が白み始めるころに行われていました。

『櫛田社鑑』によると、貞享4年(1687年)正月、竪町(恵比須流)に嫁いだ土居町 (土居流)の花嫁が、花婿ともども里帰りしたところ、土居町の若者が余興として花婿に桶をかぶせるなどしたため、竪町の若者が怒って押しかけて一触即発に。
この場は何とか収まったが、夏のお祭りの際、恨みが残っていた恵比須流が昼飯を食べていた土居流を追い越そうと走り出し、土居流も負けてはならじと走り、これが評判を呼び、「追い山笠」に発展したといわれています。

各流は、追い山の結果に一喜一憂するのですが、特別な優勝旗や賞状などがあるわけではなく、実にさっぱりとしたものです。
実に”博多んもん”らしい、お祭りなのです。

さっぱりしているといえば、せっかく作ったヤマも、7月15日の追い山が終われば、全て解体されます。
唯一例外は、櫛田神社境内に置かれた飾り山と、川端商店街内にある「川端ぜんざい」店内に置かれた”走る飾り山”だけは、1年間設置されています。

この「山笠」は、一般の祭りの神輿や山車に相当するもので、御霊を宿らせる「御神入れ」がなされており、「ヤマ」とも称します。
かつて電線のなかった幕末から明治初期には、高さは五丈二、三尺(16m弱)のヤマを舁いていたそうです。

山笠で飛びかう勇ましい掛け声「おっしょい」は、平成8年(1996年)に「日本の音風景100選」に選ばれました。
お汐井取りのときに「おしおい、おしおい」と言いながら取りにいった掛け声が訛って「おっしょい」となったという説があります。
「おっしょい」はさらに略して「オイサ」に変化してきました。

櫛田神社の境内では、博多祇園山笠の期間中、縁起物として「祇園饅頭」が売られます。

程よい甘さで、美味しい。
ちなみに、山笠の祭神・祗園神のご神紋である木瓜(ぼけ)の花が、輪切りにしたキュウリの切り口に似ている所から、”ご神紋を口に入れることは畏れ多くも憚れる”と、山笠参加者は7月1日から7月15日の間は一切キュウリを口にすることはないそうです。
サラダに入っているキュウリは必ずつまみ出し、この期間は博多小学校の給食献立表をみても「キュウリ」の文字がないとのこと。

山笠の熱気冷めやらぬ櫛田神社でお参りをしていると、どこからともなく「イヨ~ッ、ヨッ」と言う声が聞こえてきました。
これは「鎮め能」といって、山笠奉納で荒ぶった祭神を鎮める、重要な儀式だとのこと。
淡々と演じられる能を見ていると、確かに気持ちが穏やかになっていきます。

また福岡・博多では、伝統的な締めの作法で「博多手一本」というものがあります。
「よーお」(パン・パン)
「もひとつ」(パン・パン)
「祝うて三度」(パパン・パン)
という独特なもので、宴会の席でも「手一本入れたら杯はもたぬ」というのが、博多のしきたりです。

ということで、2026年の博多祇園山笠もこれにてお開き。
福博の街に、本格的な夏が訪れたのでした、パパン・パン。
