岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」:八雲ニ散ル花 番外

 三国国造のオホド王が大王になったのを見て、筑紫国造家の岩井が野心を起こし、ヤマトの大王に対抗しようとした。  しかしヤマトの軍勢に攻撃され、岩井は国造の職を失った。岩井は生前に、自分の古墳を築いていた。それが福岡県八女…

妻木晩田遺跡:八雲ニ散ル花 番外

 出雲では綺麗な形の奥山に、祖先神が宿ると今でも古老は言う。その山を神名備山と呼び拝む。その山に向かって、古代には銅鐸を使う幸の神の祭りが行われた。それには、縁結びと夫婦円満・子孫繁栄の祈りが込められた。田圃の前で祭られ…

天神垣神社と石馬:八雲ニ散ル花 番外

上淀廃寺跡と上淀白鳳の丘展示館の間に、「天神垣神社」(あめのかみがきじんじゃ)があるので、学芸員さんに連れていっていただきました。 この時はちょうど紫陽花の頃で、花が美しく咲いていました。 ここは米子市淀江町福岡という場…

上淀廃寺跡:八雲ニ散ル花 番外

向山古墳群の丘から見える高台と、何かしらの建物。 そこは鳥取県米子市淀江の福岡地区にある、「上淀廃寺跡」(かみよどはいじあと)と呼ばれる遺跡になります。 ここにあった寺院は、飛鳥時代の終わり(683年頃)に建てられて、平…

向山古墳群:八雲ニ散ル花 番外

 旧向王家の分家が、ホウキ国の淀江にあつた。そこには弥生時代後期から古墳時代にかけての、ムキ(妻木)晩田遺跡がある。このムキは、向王家のムキが地名になったと思われる。  向家は富家とも呼ばれる。妻木晩田遺跡には、富王家に…

古事記・日本書紀ではもう満足できないあなたへ 〜富王家伝承考察への誘い

約700万年前にアフリカに誕生した人類の祖先は、6万年前アフリカを旅立ち、4・3万年前に日本に到達したと云われています。そこから縄文期・弥生期を経て、今の「日本人」の礎が築かれていくわけですが、その過程で様々な渡来人の移…

初瀬路は かしこき道そ 恋ふらくはゆめ 〜『人麿古事記と安万侶書紀』の世界

日頃より『偲フ花』を応援いただき、ありがとうございます。そして私「五条桐彦」の初となる著書『人麿古事記と安万侶書紀』をお買い上げいただいた方、心から感謝申し上げます。この本を書くきっかけとなった、斎木雲州氏との奇跡のよう…

矢櫃神社跡:八雲ニ散ル花 35.5

民家の西に高さ三丈横七間計の巌窟あり、里老語て云、むかし神原村に長者あり、此窟を宝蔵とせり、故に岩倉と号す。 ー『雲陽誌』岩倉 『奥出雲”変態”巡礼』の2日目、この日は雨の予報が出ていましたが、シズさんとモモさんが古墳ハ…

金屋子神社:八雲ニ散ル花 番外

古代出雲の製鉄の神は金山彦神であったが、物部式精錬は屋内炉であったので、「金屋子神」と呼ばれた。 伝説では、「むかし鷺(さぎ)が月から、桂(かつら)の枝をくわえて来た。その枝に金屋子神(金山彦ではない)が乗っていた」と。…

大磧神社:八雲ニ散ル花 愛瀰詩ノ王篇 道草

下伊那には絶品グルメがあるというnarisawaさんのすすめで、 長野県下伊那郡大鹿村に鎮座する「大磧神社」(たいせきじんじゃ)まで、はるばる訪ねてきました。 無垢のままの木を使った鳥居と、2本だけの御柱が印象的です。 …

山家神社:八雲ニ散ル花 愛瀰詩ノ王篇 番外

真田氏は出雲忍者を重用したので、その活躍は、出雲忍者の働きによる所が大きかったであろうことは想像に難くない。 出雲忍者は、先祖代々の強い規律と団結心を持っていたので、戦国武将に重用されることが多かった。 真田一族は、その…

泥宮:八雲ニ散ル花 愛瀰詩ノ王篇 01.5

越後国に住んだタテミナカタは、中部地方に新しい国を建設しようと思い立った。 そこで大勢の家来を集め姫川を逆上り、まず上田の下之郷に住んだ。そこで、サイノカミをまつった、と言う。 その地には後に、生島足島神社が建てられた。…