櫛田神社 祇園例大祭『博多祇園山笠』:前篇【中洲流・西流】

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「山笠があるけん博多たい」

と言うものの地元民あるあるで、「追い山」は子供の頃に父母に連れて行ってもらって以来、見ていないなと思い、出かけてきました。

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760余年の伝統を誇る『博多祇園山笠』(はかたぎおんやまかさ)は、博多の総鎮守「櫛田神社」の奉納神事であり、国の重要無形民俗文化財でもあります。

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毎年7月1日、福岡・博多のあちこちに豪華な「飾り山」が立ち、祭りの季節が訪れます。
それとともに15日間、博多の男衆たちの、血潮沸る熱い夏が始まるのです。

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飾り山笠が静の山笠なら、男衆が担ぐ「舁き山」(かきやま)は動の山笠。
この「担ぐ」というのを博多では「舁く」(かく)と呼び、山を担ぐ男衆を「舁き手」と呼びます。
9日に箱崎浜で参加者全員による「全町お汐井取り」が行われると、翌10日からは毎日、山が舁かれます。

そのクライマックスが15日早朝に行われる「追い山」(おいやま)で、この日はAM4:00前から、中州は見物客で溢れかえることになります。

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櫛田神社前の土居通りにずらりと並んだ「舁き山」は圧巻。

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人の波を押し分け、なんとか櫛田神社前まで来ることができました。

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博多祇園山笠の起源には諸説ありますが、櫛田神社の社伝によると祭神の一柱である祇園大神(素盞嗚命)を勧請したのが天慶4年(941年)で、すでに都(京都)では現在の祇園祭の前身である「御霊会」が行われていました。
ゆえに勧請とともに博多祇園山笠も始められたとされています。

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この祇園大神たるスサノオですが、櫛田神社において祀られる神は、出雲王国初代王の「菅之八耳」(スガノヤツミミ)であろうと僕は考えます。
博多は宗像族の支配圏であり、櫛田神社の境内社「石堂神社」には出雲系宗像王のアタカタスが祀られています。

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山笠は、ぞれぞれ十数か町(旧町)を束ねた組織的な団体「流」(ながれ)によって行われます。
現在は「恵比須流」「土居流」「大黒流」「東流」「中洲流」「西流」「千代流」の博多七流(はかたしちながれ/はかたななながれ)が山を舁きます。

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追い山では、「流」ごとに順番に山を舁いて行きますが、その順番は年毎にローテーションとなっています。
今年の一番山笠は「中洲流」(なかすながれ)。
西日本一の歓楽街・中洲地域を地盤とした流です。
山の標題は「笑門福ノ神」(しょうもんふくのかみ)。
今、世界をとりまく情勢は混沌としていますが、こうした時こそ前向きに明るく笑い合い福岡、博多の町に福ノ神を招きたいとおもいを込めて制作されたとのことです。

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追い山は流ごとに、櫛田神社境内に山笠を入れ奉納する「櫛田入り」と、山笠を所定の順路を競って巡行する「追山笠」の二つのタイムをそれぞれ競い合います。
「追山笠」は街のあちこちで見ることができますが、「櫛田入り」は桟敷席でないと見ることができません。
そのため、桟敷席はプラチナチケットとなっています。

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午前4時59分、大太鼓の合図とともに一番山笠が舁き手の掛け声とともに、ドッと「櫛田入り」します。

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清道旗を回ったところでいった ん山笠を止め、見物客を巻き込んで「博多祝い唄」を大合唱。
この「博多祝い唄」は一番山笠だけに認められた特権です。

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中洲流が櫛田入りすると、すぐに二番山笠「西流」(にしながれ)が目の前に来ました。

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西流の標題は「辰巳風撃破赤壁」(たつみのかぜせきへきにげきはす)。
そう、かのイケメン軍師KO-MEI☆諸葛亮です!

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西流は、博多の幹線道路である大博通りの西側、旧西町流に旧岡流、旧櫛田流、旧呉服町流が合流し今の形となりました。
流域内にはオフィスビルも多いため、山笠に魅了されて参加を決意するサラリーマンや転勤族も多く、古くからの地元住民とあわせて参加人数も非常に多い流です。

山笠の伝統でもある道路上に山小屋(山笠を納める小屋)を建てる流のひとつで、山笠が終わった後崩して縁起物として分け与える「山崩し」を唯一行っている流でもあります。
秒読みと掛け声とともに、西流も櫛田入りをしました。
そういうことで、そろそろアングルを変えるため、場所移動をしようと思います。

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