
僕の岩手旅のハイライトと言えるのが「早池峰神社」(はやちねじんじゃ)への参拝でした。
というのも、「早池峰神社」とその隣にある小学校は、「座敷わらし」にもっとも逢える可能性の高いところだからです。

早池峰神社は「民宿わらべ」さんと目と鼻の先にあります。
携帯電話の電波も届かないこの場所にある「民宿わらべ」さんは、僕がもっとも不思議な体験をした宿です。

山深い所にありながら、早池峰神社は参拝者で賑わっていたと云います。

入口には立派な山門が立っています。

山門には仁王像の代わりに、かなり古びた侍の木造が鎮座していました。

侘びすぎてちょっと怖いです。

山門を抜けると杉が立ち並ぶ参道に出ます。

この参道の「御神木」にも座敷わらしはよく集まると云います。

ひらひらと赤い着物をひるがえして、木々を渡っているわらしの姿が目に浮かぶようです。

参道を横に外れた道があります。

先には「駒形社」がありました。

とても厳かな雰囲気に包まれています。

山神を祀っているのでしょうか。

再び参道へ戻り、進みます。

「夫婦イチイ」(雌)の木がありました。

手水の水は冷たかったです。

夫婦イチイの雄木は神々しい立派な樹勢です。

本殿に着きました。

「早池峰山」は遠野三山(他、石上山、六角牛山)の中でも最も神格の高い山となります。
「早池峰神社」は「早池峰山」のふもとにある里宮です。

「早池峰神社」が座敷わらしと深い縁を結ぶのは昭和58年のこと。
新潟から参拝したご夫婦の車に座敷わらしが乗り込んで、家までついて行ってしまったそうです。
それからご夫婦の事業は大成功し、お礼に多額の寄付を当社にされたそうです。

以来、座敷わらしに逢える神社として知る人ぞ知る神社と相成ります。
4月には人形に座敷わらしの魂を寄り付かせる祭りもあり、その人形はなかなかの人気で手に入りにくいということです。

本殿横にある「稲荷社」。

祭事の時は賑わうのでしょうが、今日は僕以外、誰もいません。

境内にある茅葺の門の奥には

「コンセイサマ」を祀った祠がありました。


さて、「早池峰神社」の横には廃校となった小学校があります。

平成13年に廃校となった「遠野市立大出小中学校」は平成22年に「遠野早池峰ふるさと学校」として都市・農村の交流拠点として活用されています。

この小学校こそが遠野で民話伝承を語り継ぐ「語り部」のおばあさんをして、「絶対にわらしさんがいる場所」と言わしめる所です。

校内では度々いないはずの子供を見たり、笑い声が聞こえたりするそうです。
学校が現役の時は、先生が生徒の数を数えるとなぜか一人多かったり、子供達はいつの間にが知らない子と遊んでいたと云います。

中に入ってみました。

中は校長室はじめ、図書室や工作室など、当時の雰囲気のままに綺麗に保たれています。

体育館には挨拶をして入ります。

そこに「座敷わらし」がいれば、音を立てて返事をしてくれるそうです。

ある部屋には「座敷わらし」の祭壇が設けられていました。

ここにはよく「わらしさん」が遊びに来るようです。

「くすくす」と笑う「わらしさん」たちの気配を感じます。

ふと振り返った時、黒い影が横切ったような気がしました。

ノスタルジックな世界が、僕をそういう気にさせているのでしょう。
ここで「わらしさん」たちが息づいて毎日遊んでいるのかと思うと、ほんのり温かな、それでいてちょっぴり寂しい気持ちになります。

ずいぶんのんびりと小学校で時を過ごしたのち、名残惜しみつつも早池峰山を下っていきます。
帰りの便欠航のお知らせを受け取ったのは、まさにこの後すぐのことでした。
