海石榴市:語家~katariga~ 番外

投稿日:

6200506-2023-07-3-08-17.jpg

『紫は 灰指すものぞ 海石榴市の 八十の巷に 逢へる兒や誰』(3101)
〔紫に染めるには、椿の灰をさすのが良いという。その椿市のやちまたに分かれた辻の広場で出逢った、紫の裳を着た君の名を教えて欲しい〕

『たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行き人を 誰と知りてか』(3102)
〔母が呼ぶ名を申し上げても良いのだけれど、ゆきずりの誰とも分からぬあなたなので〕

c1d-2023-07-3-08-17.jpg

6200507-2023-07-3-08-17.jpg

『人麿古事記と安万侶書紀』の聖地巡礼で、行きそびれていたのが奈良の「海石榴市」(つばいち)跡でした。
近くの大神神社には何度も参拝していましたが、ずっと失念していた場所です。
山の辺の道・初瀬街道・磐余の道・竹ノ内街道が交錯する八十の衢だった海石榴市は古代で最も大きな市場で、若い男女が集まって互いに歌を詠み交わす「歌垣」も行われました。

6200504-2023-07-3-08-17.jpg

人麿の死を知った依羅姫は、墨坂にある彼の古い家を整理するために大和へ向かい、桜井に差しかかったところで夕方になりました。
そこで彼女はその日、海石榴市の広場で行われていた歌垣を眺めて過ごすことにします。
そのとき、紫の裳を身につけた依羅姫に、声をかけてきた人物がいました。山辺赤人、かつて太安万侶と名乗っていた人物です。
彼は依羅姫の夫である柿本人麿の友人であったことを伝え、「もし良ければあなたの名前を、教えて下さいませんか」と問います。
当時の女性は、名を二つ持っていました。一つは誰もが知る名で、もう一つの「母が家で呼ぶ名」は、婿が呼合いの時に使う秘密の合言葉でした。
母が呼ぶ名を聞けば、女は夜に家の戸の鍵を開けるのです。つまり、赤人は出会ったその場でプロポーズをしたのです。
依羅姫は「ゆきずりの誰とも分からぬあなたなので、今は教えられません」と答えます。
その後、赤人と依羅姫は、文の遣り取りを続けますが、赤人が優秀な歌人であることを依羅姫は悟ります。
最初は赤人の申し出を断っていた依羅姫でしたが、彼女が人麿を愛したように、次第に赤人の作歌生活を助けることを、第二の人生にしようと決断しました。

『息の緒に わが息継ぎし 妹すらを 人妻なりと 聞けば悲しも』(3115)
〔命の綱と頼る私の愛人が、人の妻の気持でいるなら、悲しい限りです〕

『紫草を 草と別く別く 伏す鹿の 野は異にして 心は同じ』(3099)
〔人妻だとて、気にしないで下さい。あなたを同じように愛することはできます〕

それは彼女が、人麿の才能を愛したと同じように赤人の才能を愛し、彼の歌のために、残りの半生を捧げようと決意した歌でした。
普通の女性は安楽な生活を夢見て、夫を選ぶ。しかし依羅姫は豪族出身ながら、位の低い貧乏貴族の人麿を夫に選びました。
彼女は敢えて困難な結婚を選んだのです。そして、悲劇を味わった。
しかもまた、人麿に似た男に人生を賭けようとしている。
このような気質だからこそ、気迫のある作品が彼女から生まれたのです。
依羅姫もまた、この時代の素晴らしい歌人であったのは、間違いのない事実です。

6200505-2023-07-3-08-17.jpg

2件のコメント 追加

  1. Nekonekoneko より:

    🐥それ行け三輪っ子大作戦🐣🌼

    いいね: 1人

    1. 五条 桐彦 より:

      三輪っ子😄

      いいね: 1人

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください