天王原神社:常世ニ降ル花 由良朗月篇 02.5

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忘れ物を~拾いに行くよ~青い海を越えて~・・・

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と、いうことで、島根の海に浮かぶ隠岐諸島、島前の知夫里島に再びやって来ました。

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ここに来るまでのハードルの高さは、もうね、折り紙つき。
今回も真夜中のハイウェイをすっ飛ばして来たわけです。

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ここは「天佐志比古命神社」(あまさしひこのみことじんじゃ)。
前回も参りました。

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悲劇の小野尊俊(おのたかとし)検校が黄昏たという石は、やはりどこか寂しげです。

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前回は拝殿が修復中で見れませんでしたが、今日はバッチリ。

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村民からは「一宮(いっくう)さん」呼び親しまれており、村内では一宮的な位置付けとされているようです。

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祭神の「天佐志比古命」(あまさしひこのみこと)は、大己貴や大国主の別称とされていますが、謎が多く、個人的には別の神であろうと考えています。

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刺国大神(さしくにおおのかみ)や刺国若比売(さしくにわかひめ)に近い存在、もしくは本人ではないでしょうか。

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刺国若比売は富家の7代大名持「天之冬衣」(あめのふゆきぬ)の后と伝えられます。

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境内には村指定有形文化財の芝居小屋があります。

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2年に一度、西暦偶数年に例大祭がおこなわれますが、その時に芝居などの奉納演芸が行われ、三番叟や白波五人男は中学生が上演しているとのことです。

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芝居は、江戸時代の明和年間に漂クジラが漂着し、その後村内に疫病が流行ったことをうけ、子どもたちの手踊りを奉納したのが始まりだということです。

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天佐志比古命神社を一旦出て、裏手の集落から少し高台へと登っていきます。

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すると、ありましたね、藁蛇さん。

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木に巻き付いた姿が、とても愛らしいです。

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ここは前回、マークしていたにも関わらず辿り着けなかった場所です。
ちょっと場所を勘違いしていたようです。

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藁蛇さんの奥にあるのが

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「天王原神社」(てんのうばらじんじゃ)です。

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小さな神社ですが、天佐志比古命神社を見下ろすように建っています。

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祭神は「素盞鳴命」(すさのおのみこと)とされています。

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明治5年(1872年)の創建と伝えられますが、天佐志比古命神社も万治2年(1659年)に新府利の里から遷座されたといいます。
天王原神社はもともとここに鎮まっていた、集落の神ではなかったろうか、と思うのです。

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