扇森稲荷神社

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国道57号線から見える大鳥居にずっと気になりながらもスルーしていた「扇森稲荷神社」(おうぎもりいなりじんじゃ)を訪ねました。

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当社は大分県竹田市大字拝田原字桜瀬に鎮座する神社で、九州三大稲荷の一つとされるのですが、

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壁か!と言わんばかりの圧倒的な階段が、参拝者の心を挫くことで有名な神社でもあります。たぶん。

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階段はきついにはきついんですが、僕もだいぶ慣れて来ました。
道は細いですが、本殿近くに車で行ける裏参道もあります。

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壁を上り終えると、もうちょっとで頂部なのですが、

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イミシンな脇道があるので、そちらから上がってみます。

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これね。

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“鳥居をくぐると運が開ける”って書いてありましたけど、開運しまくりでこりゃいいや。

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途中、扇森稲荷神社の社号が生まれた場所、というところがありました。
天保年間(1830年 – 1843年)、江戸屋敷にいた岡藩第12代藩主の中川久昭の夢に神霊が現れ、「我は稲荷狐頭源大夫なり。翌日の江戸城への登城は危険なので気をつけよ」とのお告げを授けました。
久昭は翌日の登城中、暴漢に襲われたましたが、この夢告により難を逃れることができました。

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久昭は神徳に感謝して狐頭稲荷へ参拝し、この森が、扇が開いた如くに神社を取り巻く景色を眺め「扇の森」との社号を贈ったとのことです。

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扇森稲荷神社は由緒によれば、岡藩藩士が白狐の頭を埋めて以来「狐頭原」と呼ばれるようになった地に、元和2年(1616年)に、この岡藩主中川久盛が稲荷神を勧請して創祀されたと伝えられます。
自分の頭を埋められたのに、その藩主を助けるとはこれいかに。

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近隣には、古墳時代(5世紀末)の横穴墓群(扇森山横穴墓と稲荷山横穴墓)があり、このうち扇森山横穴墓からは帯金式甲冑が出土しており、当地が古い時代から信仰の地であったことを窺わせます。

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明治16年(1883年)に火災により焼失したという社殿は、程なく復興したそうです。

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雅な神楽殿の屋根には、

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飛龍の姿が。

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拝殿ならびに本殿も雅で美しい。

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九州三大稲荷に数えられ、日本十大稲荷にも数えられることもあるという扇森稲荷神社の初詣は、毎年数万人単位の参拝者が訪れるそうです。

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祭神は「保食大神」(うけもちのおおかみ)、「猿田彦神」、「大宮女命」(おおみやのめのみこと)のほか、菅原神、高龗神を配祀。

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地元では「狐頭様」(こうとうさま)と呼び親しまれています。

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例祭の「初午大祭」は、旧暦の2月初午の日に斎行されてるのが良い感じです。

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境内に「白狐の御穴」というのがあったので、降りてみます。

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ちょっと怖い。

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降りてみると、木の根っこが祀ってあり、

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根の隙間の穴が、白狐ハウスとなっているようです。

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無造作に置かれた供物がシュール。

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御穴は他にもありましたが、稲荷大神の眷属である白狐の霊魂が、ここに棲んでいると云われています。

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白狐の御穴は本殿裏手に通じていましたが、

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そこでは、ティロリ、ティロリの音楽に合わせて、鮮やかな彫刻のうさぎたちが踊っていました。

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キュッキュ キュッキュッキュ シュゥィーキュッ イャッハー!!

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本殿裏手には、これまた怪しげなスポットが。

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ある時、地元の老婆が、お産に苦しんでいる若い女を助けるという出来事がありました。
女は翌日、老婆にお礼として大きい鯛を届けました。ところがその鯛は中川公への献上品だったのです。
老婆はそれを盗んだとし、捕らえられ、打ち首にされました。
ところが転がっている死骸を見ると、なんとそれは狐でした。
役人をはじめ人々は非常に驚いたのですが、実は老婆が助けた若い女は狐であり、老婆の身代わりとなり打ち首になったのでした。

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そのことを知った人々は、狐の恩返しに心を打たれ、稲荷大神のこの地に亡骸を埋め、霊を祀ったと伝えられているそうです。
しかし何でよりによって狐は殿様への献上品を盗んでしまったのか。他に何かあっただろうに。
残された赤子は、どうしたというのでしょうか。

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そんなツッコミを入れつつ、背後の山を登ります。

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道は途中で二つに分かれ、

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裏の駐車場側の道にも小さな祠が並んでいました。

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牛の神?

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金毘羅峠方面も、小社がちらほら。

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稲荷社というのは、こうした数の圧で参拝者を圧倒します。

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金毘羅峠の頂部には、2つの社が建っていました。

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ここは扇森稲荷神社の旧御幸所で、奥宮になっているようです。

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地元の人が呼ぶ「こうとうさま」ですが、「狐頭」の字の他に、「狐等」「幸藤」などと書き記されることがあるとのこと。

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白狐の頭が埋められたかどうかは分かりませんが、ここはとても清々しく気持ち良くて、中川久昭公が「扇の森」と呼ぶ気持ちが分かります。

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金比羅峠はわずかに開けていて、

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阿蘇山や祖母山といった霊峰が一望できます。
一説には、この金比羅峠がかつての神体であったと考えられているそうです。

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なるほど、桜も咲けば、なお美しいことでしょう。
春の訪れが、待ち遠しいことです。

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