「岐阜城」(ぎふじょう)。
美濃国井之口の稲葉山(岐阜の金華山)に鎮座し、もとは稲葉山城と言った。
戦国時代の斎藤道三によって整備され、1567年の稲葉山城の戦いにより織田信長の城となる。
『信長公記』に「尾張国小真木山より濃州稲葉山へ御越しなり。井口と申すを今度改めて、岐阜と名付けさせられ」と記載されており、信長はここから天下布武、天下統一をおこなうという意味をこめて、地名を「岐阜」へと改名し、これにより「岐阜城」と呼ばれることになった。
ということで、稲葉山を登るジョー(城)♪
かんたん登山♪かと思ったら、結構な道やん、ヒェ~。。
君、岐阜ジョー。
僕、五ジョー。
「君の運命の星は、君自身の胸の中にある」かしら~。
なかなかキツい。
迷走の小径。
城まで2100m、絶句。
でも、城までは行きません、かしら~。
目的地は、中腹の「伊奈波神社元宮」ですから~。
ワニの背中のような登山道。
岩肌が剥き出しになっています。
そしてついに、見えて来ました。
おお~、ここが伊奈波神社の旧跡地ですか。
この岩はその形状から、「烏帽子岩」と呼ばれています。
神の坐す磐座だったのでしょうね。
斎藤道三が築城の際、この場所に在った伊奈波神社を現在の伊奈波神社鎮座地へ遷座したことにより、当地は廃宮となりました。
烏帽子岩は、川底にあったものをここまで持ち運んで祀ったという伝承がありますが、それはあり得ないでしょう。
多分地面の岩盤と根続きになっているものと思われます。
江戸時代には伊奈波神社の摂社「丸山神社」もあったようですが、今は見る影もありません。
そしてこちらは、岐阜城へと続く登山道、絶句。
この辺りの地層はチャートだそうで、相当硬いようです。
新海底に堆積してできた岩石が、こうして山肌に露頭するのですから、本当にガイアってすっごい。
烏帽子岩から来た道を見ると、龍の背中みたいですわな。
と、感嘆していると、えっ?何なに?
なに~っ!
むほほほほほほ、もふもふやんけーっ!
これまでもたまに、リスには遭遇して来ましたが、彼らはいつもすばしっこく逃げていきました。
が、こやつらはじわじわと近寄って来ます。
しまいには膝の上にまで乗って来て、僕に言いました。
「てめ~、有りおやつ、全部置いていきなー」
野生動物に食べ物をあげてはいけないのですが、登山者がついエサを与えてしまうのでしょうね。
加工品・防腐剤・添加物まみれの人の食べ物なんて、野生の動物に与えたら病気になるのに。もちろん人間もですけどね。
「残念だけど、なにも持ってないよ~」
そう言うと、「チッ、つかえね~」とばかりに、彼らは去っていきました。