
⑥ミシマ、福岡県三潴郡大木町三八松の「吉祥三島神社」にやってきました。

まだまだミシマるよ~。

吉祥三島神社は水路沿いにあって、雰囲気良いです。

春の晴れた日などは、絶好のミシマ日和でしょう。

建仁元年(1201年)に蒲池村より勧請されたと伝えられます。

祭神は「事代主命」。

拝殿内には、古い絵馬が残ります。

平成3年(1991年)の大型台風17号による被害は甚大だったそうですが、氏子の皆さんの努力によって、再興されました。



⑦ミシマ、三潴郡大木町大藪鎮座の「小入三島神社」です。

小さな神社ですが、石橋や隋神門が置かれています。

馬。

当社祭神は、事代主神を祀り、寛文記によれば、嘉元2年(1304年)に”富安蔵人”が伊豆国より勧請したとあります。

富・・・かぁ。。

石の祠の中には、夫婦の道祖神がいらっしゃいました。



⑧ミシマは、三潴郡大木町大藪に鎮座の「大藪三島神社」です。

水路を渡って、長い参道が続きます。

とてものどか。

正安3年(1301年)、大薮地頭・高橋丹藤兵衛藤原基氏が、伊豆国より勧請して建立とあります。
今度は高橋で藤原です。

ここは隋神門ではなく、立派な楼門が建てられていました。

この楼門は三間三戸八脚の二階建楼門で、楼門の各所に彫られた彫刻も確かに見事なものでした。

手水も立派。

かつては9月17日より19日まで、田中村・大薮村・奥牟田村の三村から祭礼を勤め、御幸や流鏑馬などの行事があったといいます。

しかし領主・田中兵部の時代に至って退転したと伝えられていました。

祭神は「事代主神」のほか、「春日大神」「住吉大神」を祀ります。

境内には謎の安田神社と、

神仏習合を匂わせる小社などがありました。



三潴郡大木町三八松にもう一社、「三島神社」がありました。
⑨ミシマです。

ここは細い参道がL字に折れていました。

一見雰囲気良さげなのですが、工場や民家が密集しており、ゴミ置き場がすぐ傍にあって、隋神門にも袋に入ったゴミが立てかけられていました。

筑後のミシマ社では、隋神門の他に、このような参道脇に小さな社が置かれていることが多かったです。

この小社は「櫛石窓神」「豊石窓神」を祀っているのでしょうが、中身はおそらく、夫婦の道祖神像が置かれているのだと思われます。

境内には若宮社、

安房社、

祇園社などが鎮座します。

祭神は「事代主神」「住吉大神」「春日大神」で、伊豆国三島神社より勧請したと伝えられます。



⑩ミシマ、「三嶋宮」です。

三潴郡大木町三八松野口の田園の中に鎮座していますが、

近くにこのようなものもありました。

「竹本南部太夫」の墓とされます。
竹本南部太夫は野口に住み、義太夫(ぎだゆう)をこの地に広めました。
義太夫は浄瑠璃の一種で、三味線の中で最も大きく重厚な低音が出る「太棹」(ふとざお)が用いられ、豪快で華麗な曲節が特徴の語り物音楽、とのこと。

長い参道の先にある境内は、小さな杜となっています。

隋神門の中には、平たい顔の狛犬さん。

古いものではなさそうですが、たまに見かけるこのタイプの狛犬が、少し気になります。
というか、我が家にひとり欲しい。

参道の両端に置かれた石の祠の中は、

やはり夫婦の道祖神。

創建は元久2年(1204年)に蒲池村より勧請とあります。

祭神は「事代主神」。
この辺りのミシマ神は、事代主と認識されているようです。

筑後にミシマ系がこんなにとは驚きです。12-14世紀頃が多いというのも… 物部去りし後の時代は疎かったエリアに🤔興味惹かれました。
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うちにもこの狛犬欲しいですねぇ、、、
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可愛いですよね😊
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