
白谷雲水峡に足を踏み入れて1時間以上経ちましたが、進むたびに緑が深くなっていきます。
命が複雑に絡み合い、

強い生命力が、見る者を酔わせていきます。

そして一層植物の匂いが濃くなるその先に、

白谷雲水峡一番の見どころがあります。

「苔むす森」、宮崎駿監督が映画「もののけ姫」のインスピレーションを得たという森です。

そこは照葉樹に覆われた光も僅かにしか届かない、深淵の世界。

まるで深い海の底にいるみたいです。

静かに、ただ静かに、生命たちの囁きに耳をすませます。

どれほど長い、年月の先に今があるのか、

その緑色をした生命たちは語りかけてくれます。

この素晴らしい世界を堪能するには、少しコツがいります。

ひとつは雨が降った翌日であること、そしてもうひとつは、人が来ないタイミングを狙うこと。

それが叶えば、苔むす世界は、自分一人だけのものとなります。



いつまでも酔いしれていたいところですが、そろそろ苔むす森を離れなければなりません。

ここにはまだ進むべき先があるからです。

苔むす森までの標高は850mほど。

2kmほどの散策で250m高度を上げたことになります。

ここからあと1kmほど進み、標高を200m上げたところに最終の目的地「太鼓岩」(たいこいわ)があります。

さらに険しくなった道を進みます。

途中にも空洞になった幹や名のある屋久杉がたくさんあります。

「武家杉・公家杉」と名付けられた杉も平成25年に命名された杉。
左の苔の鎧をまとった姿と右の白銀の美しい樹皮を武家と公家に見立てたそうです。

「かみなりおんじ」は雷に打たれた姿が、歳をとったおじいさんに見えたそうで、

これも小学2年生の少年が名付けました。


ようやく「辻峠」まで来ました。
目的地まであと一息ですが、ここから10分、250mの距離で標高を80mほど登らなくてはなりません。

それはかなり、心折られる道です。

しかしあと少し、一歩ずつ踏み込みながら登っていきます。

光が、光が見えて来ました。

太鼓岩です。

その先へ進みます。

一陣の風が吹き抜けました。

標高1050mの絶景。

隣にはここの主のように、白骨化した杉が並んでいます。

下にも岩が突き出ていて、少し窪んだ感じになっています。

「お前にサンが救えるか」
そう、ここは「もののけ姫」の中で、狼のモロがアシタカに問いかける、あのシーンのモデルとなった場所だと云います。

眼下に遠く、縄文杉に続く安房川や屋久島の森、

目を上げれば、宮之浦岳、永田岳、黒味岳といった屋久島を代表する山々を望むことことができます。

安房側から見るとこんな感じの場所です。

この素晴らしい世界を、やはり僕は独り占めしてきました。


太鼓岩から辻峠への下り道に「女神杉」があります。

螺旋に絡み合うこの大木は、主婦の方の命名です。

現在貴重な屋久杉の伐採は禁止されています。
しかし屋久島の土産店を訪れると、屋久杉を使った民芸品などがたくさん販売されています。

これらは屋久杉を伐採して作られるのではなく、「土埋木」(どまいぼく)という、土に埋もれた倒木などを使用して作られています。

しかしそうした土埋木も限りがあり、そう遠くない時期に枯渇するといいます。

屋久杉の民芸品はとても高価ですが、今のうちにひとつ、買い求めておくのも良いかもしれません。

僕は8年前の来島で、屋久杉のコーヒーカップを買いました。
杉の香りがコーヒーの旨みを引き立てる、素敵なカップで、大切に使っています。
年輪の細かさが屋久杉の証拠。
偽物も多いようなのでご注意ください。


目的は果たしましたが、ついでに1時間ほど寄り道、

樹齢3000年の「弥生杉」に会いにいきました。

車に乗っての帰り道には霊水が湧いているのを見つけ、ひと含み。
甘い、森の味が疲れた体に染み込みました。
