
「君をのみ 思ひこしぢの 白山は いつかは雪の 消ゆる時ある」
(あなただけを思って、はるばる越路をきたのです。私のこの気持ちは、白山の雪と同じように消えることなどありません」
-『古今和歌集』979 宗岳大頼


フッ、また来てしまったか。

愛しい加賀妻『白山』(はくさん)に、遥々逢いに来たのです。

僕の薄い登山経験の中で、屈指の苦しみを味わったこの山。何ゆえ、また登るのか。

それは僕が、恋をしてしまったから。

世界中で一番好きな山は?と聞かれたら、迷わず僕は、白山だと答えます。世界の山は知らないけれど。
確かに白山は自然・山容が美しく、信仰深い山である。が、そのような山は他にも数あり、白山が唯一無二というわけではありません。
それでも、僕はこの白山を、世界中の山々の中で一番愛しています。

まあ、そんなこんなで、またこの超絶エグい岩の道を、登っているんですよ、っと。

前回の泣きながら登った白山の教訓から、今回僕は、万全の体制を整えました。
まずは登山ザックを新調しました。
いつも登山で僕を悩ませていたのが、ザックの肩への負担です。
登山後半になると、肩が痛くて仕方なかったのです。

ショップで相談し購入したのがグレゴリーのカトマイ55。
背中の大きさや腰回りを調整できる上に、背負ったままでもベルトを調整することで上下の重心を変えられるというハイテク機能。驚きました、今のザックて、こんなに凄いのか。

そして足元には、以前から気になっていたYAMAPの「山を歩くインソール」を装着。
これは、巡礼Vlogerの「ℳ𝒾𝓏 ⚚」さんに触発されて購入を決意しました。

他にも登山パンツを軽量快適なものに買い替え、インナーシャツも速乾性のものを数枚購入しました。
インナーは今まで普通の綿シャツだったので、汗でグジョグジョになって不快感MAXでした。
シャツも大事ね。

とまあ脆弱なHPを課金で補うことで、今回の登山は多少なりとゆとりも感じられるのではないか、などと余裕ぶっこいていたわけですが、

甘かったね。思いっきり、甘かったね。
再び、あの絶望感を味わう越の旅路を、僕は体感していたのでした。もう無理ぽ。



白山の登山道は石川、岐阜、福井3県より12コースあり、最短である「別当谷出合」からの「砂防新道」コースは、多くの登山者で賑わうコースです。

雪深い白山の一般的な登山シーズンは夏季のみと短く、その期間は高山植物の宝庫としても有名です。
なので夏休みの期間は白山登山のハイシーズンといえ、子供連れの家族の姿さえ見受けられます。

しかしそうした、すれ違って下山していくちびっ子たちは、本当に山頂まで登ったのだろうか。
今すれ違ったその場所までであっても、もはや絶望的な思いをしているのだが、僕は。

登山者の中には、そこら辺にいる普通のJKのような娘たちもいるのですが、そんな彼女らにも先を越され、ボロ布のようにトボトボ登る僕は、登山に対する小さな自尊心を、いとも簡単に打ち砕かれるのです。僕なんかミジンコ以下です。

ああ、さすが「花の白山」。
可憐に咲く花だけが、僕の心を癒してくれます。

石川県と岐阜にまたがる白山は、7世紀中ごろまで噴火していた跡に7つの火口湖があり水が豊かで、古来から水源の山として崇められてきました。
ゆえに古来より、加賀、越前、美濃の三馬場からは、多くの人が登拝してきました。

日本三名山にも名を連ねる白山は、いにしえの歌人にも人気があり、『万葉集』や『古今和歌集』などにも数多くの歌が収められています。

『古今和歌集』の978番には、「宗岳大頼(むねおかのおおより)が越の国から深い雪の中を訪ねてきて”私の思いはこの雪よりも深いのだよ” なんて言うから言ってやったぜ」と詞書(前置き)し、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)が歌を残します。
「君が思ひ 雪とつもらば たのまれず 春よりのちは あらじと思へば」
(君の思いがこの雪のように積もるというんだったら、じゃあ、春になれば消えてなくなっちゃうね)

そこで大頼が歌を返しました。
「おいおい、君だけを思ってわざわざ越後の山を越えてきんだぜ。越の白山の雪は、夏だって消えないのさ☆」

まさかのBL!
いや、それくらい気さくな間柄であった、ということにしておきましょうか。

ミジンコ以下になりながらも、このひと坂を越えたなら、僕だってまたあの人に会えるのですから。



ベンチに身を投げ出して空を見上げると、月が笑っていました。

目の前には、愛しい姫神が坐す白山の最高峰「御前峰」(ごぜんがみね)。
ああ、おっ○いみたいだ、癒される。

標高2,702mの頂に鎮座するのは白山比咩命で、菊理媛だとされています。
その正体は越智の常世織姫であり、又の名を玉依姫、瀬織津姫だとするのが僕の考え。

白山はどの山よりも僕が好きな山だけど、このベンチに座って彼女を見つめる時間が、一番好きなひとときだ。
前回もそう思ったけど、今回、確信しました。
常世と現世の狭間で、彼女の愛を感じる場所です。

またいつ来れるか分からないし、もう来れないかもしれない。
少なくとも、また会うには僕は、再度ぼろぼろのミジンコになる覚悟が必要です。

だから今は、この愛しい時間を大切にしよう。



夕食を終え、割り当てられたベッドに横になると、お決まりの激痛さんが左右のふくらはぎと太ももに、順番通り訪ねてきました。
よしよし、と彼らをなだめていると、老若男女が押し込められた部屋のあちこちから、大きめのイビキが合唱を始めます。
みんな疲れているもんね、僕だけじゃなかったか。

大合唱を子守唄に、そのまま眠りについてしまっても良かったのですが、せっかくなので僕は外に出てみました。
穏やかな夜風の中、常闇の世界に目が慣れてくると、そこには宝石が散りばめられた神の箱庭がありました。

あれがデネブ・アルタイル・ベガ。
星にはあまり詳しくない僕が、匂わせつつ空を眺めていると、今夜はなんとか流星群なのだそうで、いく筋もの流れ星が駆け抜けていきました。
流れ星が消える前に、願い事を3回唱えると叶うらしい。だけどね、ありがとう。
僕の願いはもう、叶ってしまっているんだよ。

narisawa110
お花を見る限り7月に登られましたですか?
3回ほど登りましたが、天気の良い日は奥の方まで足を伸ばします。
しかし、最初に行った人は夏山だと白山の本当の頂上には登れないんですよね。冬山限定とは知らずにアタックして居ました
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登ったのは、先日の12日〜13日でした。
冬に登るなど、狂気の沙汰にしか思えませんが、白銀の白山を見てみたい気持ちは強いです。どこでもドアかタケコプターがあれば…ドラえも〜ん。。
何にせよ、高山もスイスイ登れるnarisawaさんの肉体が羨ましい。普段からもう少し、近隣の山でも登れば良いのでしょうね。
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五条様
おはようございます。いつもありがとうございます。
本格的に登山を始められたご様子、羨ましい限りです。
ハクサンフウロでしょうか。可憐で美しい花ですよね。
山行の最終日、皆でエアーマットを持ち出し、寝転んで眺めた満天の星。久しぶりに若い頃の楽しかった頃を思い出しました。
目下、孫たちの相手で奮闘中。今日は宿題のネタを探しに泉南の漁港に行く予定です。
asamoyosi
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asamoyosi様、こんにちは。
ハクサンフウロというのですね。とても可憐な花でした。ハクサンを冠する花がいくつもあるようで、確かにお花畑のようになっていました。
私もいつか、足が立たなくなるとき、この光景を思い出すのだろうと思います。
見れて良かったです。
そういえば、そろそろ宿題の総仕上げの時期ですね😊
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