
「香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相あらそひき 神代より 斯くにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 妻を あらそふらしき」
(香具山は 畝傍山を愛しと 耳成山と相争った。 神代の昔もそうなのだから、今であっても、愛するものを求めて、争うのだよ)
-『万葉集』0013:中大兄皇子


「天香久山」(あめのかぐやま/152m)と「畝傍山」(うねびやま/199m)は登ったけれど、そういや「耳成山」(みみなしやま/140m)はまだだったな、ということで、行ってきました。

この3つの低山は、「大和三山」(やまとさんざん)と呼ばれ、古くから大和の民に愛されてきました。

飛鳥時代には、持統天皇によって三山周辺に大規模な条坊制が取り入れられ、「藤原京」が作られました。
彼女にとっても、あるいは藤原不比等にとっても、大和三山は特別なものだったのかもしれません。

耳成山の八合目あたりには、「耳成山口神社」が鎮座しているというので、とりあえずそこを目指してみます。

ヒィぃ~また登山かよ~。
って、分かってはいましたが、

あれっ?

秒で着いたよ、おい。

秒で、とは嘘ですが、5分ほどで登れてしまいまいた。
たまにはイイよね、こんな登山も。

で、耳成山口神社の社殿を撮影しようとすると、あれれ、ピントが合いません。
これぞ神の御威光か!

いえ、本殿前のLDEライトの影響でした。

ムホホホホっ、焦ったじゃろ、焦ったじゃろ。

ワシにもなんか旨いものくれ。

耳成山は三山の中で、一番ちょろい山でしたが、お社は一番威厳高く感じます。

奉納された絵馬も立派。

耳成山口神社の祭神は「高御産霊神」(たかみむすびのかみ)と「大山祗神」(おおやまつみのかみ)の二柱となっています。

しかし明治時代以前は、農耕神・水の神を祀る天神社であったとされ、雨乞いの神事が行われたという記録も残されているとのことです。

キラ~ん、オートフォーカス阻害ビーっむ。

お隣にはお稲荷さん、

お稲荷さんズ、

金毘羅さんがいらっしゃいました。



せっかくなので、山頂まであと少し、登ってみます。

見えてきました。

が、展望はほぼ無し。

唯一見れる景色がこれでした。

頂上を示す穴の空いた木がありましたので、杯状穴フェチには良いかもしれません。

真の三角点はこちら。

耳成山は火山の噴火でできた独立峰で、瀬戸内火山帯に属しています。

また、綺麗な二等辺三角形の形から、天然の山ではなく、古代に造営された上円下方墳ではないか、との説もあるようです。
火山だというのに噴火口が無い事から、噴火口を埋めるなどの造成をしたのではないか、とも考えられています。

耳成山の名前は、余分なところがない山という意味で「耳無し」とされたことに由来すると云われています。

「耳がない」ことからか、麓にはかつて「口無しの井戸」、「目隠し川」があったともされていました。

口無しの井戸ではありませんが、「耳無井」というものはありました。

空海によって掘られ、明治天皇も口にされたという名水。

しかし今は枯れているようでした。

天香久山が五十猛で、畝傍山が大屋姫、すると耳成山は菅之八耳かと思っていましたが、かつては天神山とも呼ばれていた時期もあるようで、あるいは手間天神・事代主を祀った山だったのかもしれません。
